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スペキュラティブな未来を実現させるのは、妄想力とエンジニアのチカラ──長谷川愛氏が語る「アート×テクノロジー」【前編】

今、ビジネスの世界でもデザイン思考に注目が集まっている。エンジニアがアーティスト的な視点を持つことの意味、またアーティストとエンジニアがコラボレーションすることでどんな未来が描くことができるのか。アーティストとしてテクノロジーを活用した作品を発表している長谷川愛氏と、HEART CHATCHの西村真里子氏が対談を行った。

長谷川愛氏が語る「アート×テクノロジー」

スペキュラティブ・デザインとは何?

長谷川愛氏が追求しているスペキュラティブ・デザインとは、ある課題について考えるきっかけを提起するデザインである。例えば「I WANNA DELIVER A DOLPHIN…(私はイルカを生みたい…)」「Alt-Bias Gun」などはその一例だが、これらの作品はSF的なものではなく、テクノロジーに裏付けされた実現可能性も追求している。

西村:今回は「アート×テクノロジー」をテーマということで、アーティストとして活躍し、テクノロジー動向にも詳しい長谷川愛さんをゲストにお招きしました。

長谷川:今は東京大学大学院で特任研究員として制作や研究をしています。私の師匠はスペキュラティブ・デザインの提唱者であるイギリスのRoyal College of Art(RCA)の教授、アンソニー・ダンとフィオナ・レイビイ(ダン&レイビイ)です。彼らに師事した先輩たちの作品も面白いものが多いんです。スプツニ子!さんもその一人。

この「the cloud project(アイスクリームの雪)」は別の先輩の作品で、北京オリンピックの開会式に雨が降らないよう、事前に雨の核となるものをミサイルで空に打ち上げ、雨を降らせたのではないかといわれています。

そのようなテクノロジーを応用すれば、例えばミサイルにアイスクリームの元となるものを入れて撃ったら、アイスクリームの雪を降らせることができるのでないかというプロジェクトで、テクノロジーもファンタジックな使い方を披露するだけではなく、実際にどのようにしてアイスクリームの雲を作るのかを見せるなど、教育的な作品でもあるんです。

長谷川愛氏

▲アーティスト、デザイナー 東京大学 特任研究員 長谷川 愛氏
バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクション等の手法によって、テクノロジーと人がかかわる問題にコンセプトを置いた作品が多い。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design+ Researchで公共スペースでのインタラクティブアート等の研究開発に関わる。 2012年英国Royal College of Art, Design Interactions にてMA修士取得。2014年から2016年秋までMIT Media Lab,Design Fiction Groupにて研究員、2016年MS修士取得。2017年4月から東京大学 特任研究員。

西村:このアートブログ面白いですよね。私たちに気づきを与えてくれるアートがたくさん紹介されています。

長谷川:ブロガーの方は、RCAのデザイン・インタラクティブ学科となじみが深くて、サイエンスや面白い視点をもつ作品をたくさん記事の中で紹介してくれているんです。私の作品もこちらで紹介されています。

西村:ここで改めて、スペキュラティブ・デザインとは何か教えていただいてもいいですか。

長谷川:スペキュラティブ・デザインとは問題を提起するデザインと言われています。昔は高くて手が出なかったコンピュータは様々な人の手に入るものになり、様々な分野に使用され、アートやデザインの分野でも日常的に使用されています

ではその先、現在では手の届かないテクノロジー、例えばバイオテクノロジーやナノテクノロジーが、デザイナーやアーティストの手に入ったときに何が起こるのか。私たちはどのようにそれを扱うべきなのか、どのような問題が起きるのだろうか。そういう問題を提起するデザインが、スペキュラティブ・デザインなんです。簡単にいうとSF的なプロジェクト群だと思います。

長谷川愛氏

未来の可能性についての図、3角形のPPPP図というものがダン&レイビイのスペキュラティブ ・デザインにあります。例えば私たちの未来は、暗闇の中でライトを使って先を照らすようなものです。

つまりビームの中の強いところはよく見えるけど、外側がぼやっとしてよく見えません。ですが、そのぼやっとしている部分も可能性として捉えるんです。そしてこの図には明確に書いてありませんが、上が望ましい未来だとすると、下の方は望ましくない、ディストピア的な未来です。

通常、私たちデザイナーやエンジニアは望ましい、そしてもっともあり得そうな可能性の高い世界を想定して、プロダクトやプロジェクトを作ります。ですが未来のフィジビリティは私たちが思うより広いのではないかと思います。

特に、ブレグジットもトランプが大統領になることも、私としてはあってほしくなかったし、起こるとは思っていませんでした。なので私としてはこの図のはしっこにあったんですね。

でも、ブレグジットもトランプの当選もケンブリッジ・アナリティカという、テクノロジー会社が関わった故だとも言われています。つまり技術が関わると、あり得なかったものが未来のど真ん中になるかもしれないということです。

今は多様な人間が暮らす複雑な世界であり、テクノロジーの進化のスピードは速く、ブラックスワン(何が起こるかわからない)も時折と登場するという世界です。このような世界ではそれらの要素をそれぞれをしっかり観察し、統合し、検討する作業が必要です。

西村:1月に「20XX年の革命家になるには──スペキュラティブ・デザインの授業」という本を出されていますね。

西村 真里子氏

▲株式会社HEART CATCH 代表取締役 西村 真里子氏

長谷川:スペキュラティブ・デザインの実際のやり方を教えてほしいという話から本を書くことになったのですが、スペキュラティブ・デザインにメソッドはありません。あるのは態度なんです。その態度というのは先ほどもふれた、ダン&レイビーのスペキュラティブ・デザインの本のA/B図に書かれています。

例えば、普通のデザインが、肯定的、問題解決する、答えを提供する、消費者に買わせるため、産業界のためのデザインだとすると、私や先生たちが提唱しているタイプのデザインは、批評的、問題発見、疑問を提起する、討論のためのデザイン。消費者ではなく市民を考えさせるためのデザインなんです。つまり、これまでとは別の軸で考えるということであり、それが態度なんです。

西村:そのことを踏まえた上で、今回の本を読んだ方がよいということですね。

長谷川:ぜひ(笑)。とはいえ、まっすぐに見えている未来ではなく、別の未来、オルタナティブをどう考えるのか、どのように見つけるのか、そこは難しいところです。

SF作家の藤井太洋先生に、その能力をどうつければいいのか聞いてみたところ、「いろんな作品を読んだり、自分で作ってみたりするとことだ」と言われました。私の場合は、いろんな考えに触れること。旅行でだったりします。旅行だと手っ取り早くいろいろな考えに触れることができますから。

子どもを持つことのジレンマから生まれたプロジェクトの数々

西村:愛さんの作品についても伺いたいです。

長谷川:スペキュラティブ・デザインで難しいのは、飛躍した想像力と難しい現実をどう結びつけていくかというところです。デザインは問題解決で、アートは問題提起と言われますが、私の中ではどちらでもよいと思っています。

ただ、私は何か自分を自由にしてくれるものであれば、アートだと思っています。だから漫画でもいいし、SFでもよい。狭い枠の自分をとり外してくれる作品であれば、それがアートなんです。

西村:アニメでも、そういう世界に生きていきたいと思えるのなら、アートだと。

長谷川:難しいところですが、現実逃避ではないんですよね。
例えば「I WANNA DELIVER A DOLPHIN…」プロジェクトは、子どもを持つべきかどうなのかを悩んでいたときに制作した作品です。今の世の中は子どもを持つ、持たない、養子をとる、代理母になるという選択肢ぐらいしかありません。それらのいずれの選択肢でもない選択肢をテクノロジーでどうにかできないかと考えたわけです。

西村 真里子×長谷川愛氏

西村:どのような形で作品になっていったのでしょうか。

長谷川:私の作品は、自分にチャレンジしています。以前の私は子どもを持った方がいいと思っていたし、持ちたいとも思っていました。ですが、世界的には人口過多で食糧不足も心配されています。またDNAや裕福さなどは子どもに継がれていく。そもそも子供にこの世に生まれたいか聞くことはできませんし、昔と違い人の命が思いです。これらを考えて子どもの人生に責任を負えるのかも気になっていました。

その一方で、女として生まれてその臓器を使わないのは、生理痛や社会の不公平な待遇など今まで受けた嫌なことがまったく無駄になってしまう。そう、もやもやしていたときに、動物の子どもを得たらどうかと視点を変えました。私はダイビングと食べることが好き。人間の食生活において、絶滅の危機に陥っている動物の代理母になるのはどうだろうか、と考えたんです。

こういう夢物語のようなことを言ったものの、その後が問題です。途方にくれた私に先生は「リサーチをしなさい」と言いました。このときは、胎盤に詳しい先生に話を聞きに行きました。エンジニアならわかると思いますが、そのテクノロジーをちゃんと知っていないと、作品はできないんです。

西村:アーティストもリサーチをするんだと驚かれる人もいると思います。アーティストを勘違いして見ているところもあるということでしょうか。

長谷川:人によりますね。私は、現実からどれだけ説得力を持って引き剥がしてくれるか、という作品に惹かれます。「こんな非現実的なことがありえるかもしれない」と思わせてくれるような「導線」が引かれている作品を見ると、感動します。

西村:本当にそういう世界観になるかも、という説得力も増しますね。

長谷川:3月29日まで東京・六本木の森美術館で、「シェアード・ベイビー」というプロジェクトを展示しています。これもぜひ、見ていただきたいですね。

西村:シェアリングエコノミーが出てきている中で、子供をシェアしていいのではというところから発想された作品ですね。

長谷川:アイデアが生まれたのはロンドンで、デザイナーやアーティストの友達と話していたときです。そろそろ子どもが欲しいが貧乏なので、3カップル合同で子育てしたい。という友達の話から、三人のパートナーの精子を混ぜて、一人の女性が産んだら、誰の子どもかわからなくなり、みんなで子どもをシェアできるのではという、話をしていました。

しかし現在のテクノロジーではさすがに、遺伝子検査をしたらわかるから無理だろうとなりましたが、調べてみると3人の遺伝情報を持つ子どもが生まれている事例がありました。それはミトコンドリア置換治療によるものでした。

CRISPR(ゲノム編集技術)を精子側にたくさん施したら、例えば5人の親の遺伝子を持つ子どもができるかもしれません。すでに中国ではCRISPRを使って実際に遺伝子編集ベイビーが作られたといわれています。

長谷川愛氏

私が良いと思っているのは、体の外で精子や卵子をつくる「体外配偶子形成」という技術。もしこの技術が使えるのであれば、例えば男女のペア(別に恋愛関係でなくて良い)を2つつくり、それぞれ受精させます。

受精卵からES細胞を作成して精子と卵子をつくり、それを受精させる。そうすると子どもには4人の親の遺伝子情報が入ります。一世代飛ぶので、いきなりおじいちゃん、おばあちゃん的な、遺伝的距離感ですね。

西村:アートは問題提起というのは、愛さんご自身の問題の掘り下げから、テクノロジーを使えばこんなことも起きるかもしれない、ということをみんなに考えてもらう意図もあるんですね。

長谷川:例えばシェアード・ベイビーは生命倫理の問題が絡んでくるので、それを考慮する必要があります。ただ、そういう問題を一部の専門家が決めている現状があります。

生命倫理は社会通念によって決まると言われていますが、彼らはヒアリングやリスニングをしっかりしていないと思います。子どもを持ちたいという潜在的当事者の意見を聞かないまま、勝手に進めている気がする。こういうことをみんなで考えたいという気持ちがあります。

西村:今までにない倫理観を発信するのって怖くないですか。炎上と表裏一体の話のような気がします。

長谷川:語り口が乱暴だと炎上するんですよ。研究者の方に迷惑がいくので、私は炎上しないようにできるだけ丁寧に言葉を選んでいます。反対意見がある、何を怒っているのか、その根本を答えられない人がいる。その答えがないなら「なぜダメなのか」を問いたいんですよね。思考停止で反射的に考えている人が多くて。

西村:怒るということは、問題視をしているタイミングでもあると。

西村真里子氏

長谷川:法律も生命倫理も、ロジックで動いていない説があるんです。それぞれの研究はされていますが、社会に実装する際には意外とロジカルじゃないことで止まっている気がします。

西村:生きていると、ここが正しいと思っていることの中にも、ロジカルじゃないところで決められていることもある。その延長で未来を見ていることがあるということですね。

長谷川:私は、選択肢の多い社会に住みたいんです。こういうふうに生きなければならないというものを外してくれるものが良いです。今は手段がないけど、手段があればこんな欲望や願いがあった、これができるんだったら、こういう人生を選んでいなかったよ、というところにこれからのマーケットがある気がするんです。

西村:選択肢が広がるところにマーケットがあると。愛さんはビジネスと絡んでいくことも厭わないんですね。

長谷川:私はビジネスと絡むのは嫌いではありません。私の選択肢や未来を広げてくれると思うので。アーティストが作品で「こういう欲望を抱いている人がいるし、こういうことがありえるかもしれないよ」と投石したとき、ある程度の人が賛同してくれれば、マーケットができると思っています。

それでテクノロジーがその方向に進むかどうかはお金の問題です。倫理的ではないのに世に出回っているプロダクトは沢山あります。しかし、それはお金になるから作られている。そういう意味で、お金になるマーケットさえ示せれば、今までにはなかったマーケットが拓けると思っています。もちろん倫理をクリアしつつですが。

人種差別を受けた経験から生まれた「Alt-Bias Gun」

西村:イギリスに行かれた後、MIT Media Lab(MITメディアラボ)でも研究員をされていたんですよね。

長谷川:MITメディアラボは米ボストンにあるのですが、ロンドンとボストンはまったく人種に対する空気感が違うことに驚きました。ロンドンで高級ショップに行っても普通の対応ですが、ボストンでは犯罪者予備軍が入ってきたのかのごとく、店員がじっと見てくる。レストランを予約しても、アジア人だけだと10分以上待たされた上に、ドア前の居心地の悪い席に座らされたりするんです。

学園都市だと思っていたところで、人種差別があることに衝撃を受けました。サンフランシスコから来た友達も言っていましたが、ボストンは超白人至上主義。アジア人女性に対する扱いでこれなので、黒人の男性になるとさらにひどい。「Black Lives Matter:黒人の命も大切だ」運動が起こって、少しはましになったとはいえ、警察に銃殺される非武装の黒人の数は、白人と比べて3倍多いというデータがあります。

長谷川愛氏

白人と黒人、どちらが誤射する率が高いかでバイアスチェックを判断するリサーチでは、黒人の人の誤射率が高いという結果が出ているそうです。オバマ政権になり、警察官はボディカメラをつけるようになりましたが、これは殺してから状況確認するためです。ですが、そのデータも法廷に出てこないこともある。

そこで私はどうせカメラをつけるのなら、そこで判断をサポートするシステムがあればいいのにと思いました。ネットに上がっている警察に誤解されて銃殺された被害者の顔から、特徴量がとれるのではと考えたんです。銃の持ち主が持っているかもしれないバイアスを、逆にかけて撃ちにくくする。

もちろん、バイアスには顔だけではなくて動きや年齢、貧富、服装なども影響すると思いますが、とりあえず顔で認識してみようということになりました。その結果、できたのが「Alt-Bias Gun」というプロジェクトです。カメラをラップトップにつなぎ、顔のデータを取得し、誤解されやすい顔に似ていた場合は、例えば3秒ほど引き金をロックをするという銃です。

長谷川愛氏

西村:バイアスで撃とうとしていることを、ロックが掛かることにより教えてくれるということですね。

長谷川:私がエンジニアと作っていたのは2年前なので、機械学習の精度は今ほどよくありませんでした。したがって、10代、20代、30代、40代の黒人の男性が、目の前に来たときにロックをするというデモになりました。

プロじゃない私がデモをつくれるということは、米国政府が本気を出せばすぐ作れるはずなんです。ではなぜ、作れないのか。警察の中には悪人に銃で撃たれて、家族を亡くした遺族もいると思いますが、無実で殺される黒人の人も多い。こうした対策をしないことは、警察の命より、無実の黒人の市民の命が軽いと考えられている。そういうことが明らかになるのではと思います。

スペキュラティブな未来を実現させるのは、妄想力とエンジニアのチカラ──長谷川愛氏が語る「アート×テクノロジー」【後編】