パーソルグループとSky株式会社は、sightを通してエンジニアの自分らしいキャリアを応援しています

『宇宙兄弟』編集者のコルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏が語る──「宇宙×テクノロジー」で広がる可能性とは?【前編】

JAXAの協力を得てリアルに描かれた『宇宙兄弟』編集者であるコルク佐渡島庸平氏と、JAXAで宇宙関連の民間事業創出を目指す新しい研究開発プログラム「J-SPARC」プロデューサーである高田真一氏。HEART CATCH西村真里子氏のファシリテートにより、「宇宙×テクノロジー」をテーマに熱い対談が繰り広げられた。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

『宇宙兄弟』を作った背景とは

講談社の漫画雑誌「モーニング」の2008年1号から連載がスタートした『宇宙兄弟』。2012年にはテレビアニメが放送され、同年には実写映画も公開。単行本累計発行部数は2400万部(※2020年3月現在)と、多くの人から支持を集めている。その背景にあるのが、JAXAの協力を得て描かれるリアルさ。その本格的な作品「宇宙兄弟」の編集を手がけているのが佐渡島庸平氏だ。

高田真一氏は、JAXAでロケットエンジンや宇宙船「こうのとり」の開発・運用に従事した後、現在は新たな宇宙関連事業の創出を目指す研究開発プログラム「J-SPARC」のプロデューサーとして活躍している。

西村:最近、宇宙に挑戦するスタートアップや民間企業が増えています。また『宇宙兄弟』の影響もあり、一般の人たちの宇宙に対する関心が高まっています。今日は宇宙をテーマに仕事をしているお二人と話ができることにワクワクしています。まずはそんなワクワクの一人、佐渡島さんから自己紹介をお願いします。

佐渡島:今はコルクというクリエイター・エージェント会社の代表ですが、もともとは講談社の編集者でした。『宇宙兄弟』を手がける前は、『ドラゴン桜』を担当していました。『ドラゴン桜』は教育ノウハウをたくさん入れた作品。この漫画を作るために、日本の主要な教育者に取材しました。

小山さんと新作を始める際も、取材するなら楽しそうな業界がいいなと考えました。スポーツ選手やミュージシャンもよかったのですが、小山さんと話している中でお互いあまりピンとこない感じもあって。そこで思いついたテーマが、宇宙。宇宙飛行士に会って話を聞いてみたいねとなったんです。

佐渡島 庸平氏
▲株式会社コルク 代表取締役 佐渡島 庸平氏
2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。

週刊モーニング編集部の「読むと元気になる。」という編集方針にも、宇宙ならぴったりだと思いました。かつてアメリカの宇宙船が月に行ったときは、世界中の人が熱狂しました。

日本人が月面に立ったら絶対熱狂するだろうと、小山さんの得意な家族の描写と宇宙のテーマを掛け合わせたらどうかと相談してみました。
それに合わせて、向井万起男さんのエッセー「君について行こう-女房は宇宙をめざした」を渡して読んでもらいました。「こういう日常的な宇宙ものを描いてみたい」と話し合っていた頃に、僕の弟が酔っ払って転び、手首を深く切る傷を負う事故に遭いました。手術をするため、同意書に家族のサインが必要だという電話がかかってきたんです。

手術に立ち会って、朝、病院から自宅に帰るときに白い月を見ながら、今日のことを振り返りました。僕は病院に行ってサインできたけど、兄弟離ればなれだったら、助けられないことがある。そういう時にどんな気持ちになるのだろうと思って、小山さんに話したりしていました。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

西村:『宇宙兄弟』は佐渡島さんの原体験から来ているんですね。

高田:シーンが思い浮かびますね。

佐渡島:作家と編集は、雑談をたくさんしながら、物語を固めていきます。兄は弟が事故に遭ったとき、どんなことを考えるんだろうという雑談を小山さんとして、それで生まれたのが『宇宙兄弟』なんです。作品づくりの面白いのは、こういう雑談は、作品の核にはならないんです。作家が持っている核を刺激するもの。だから、僕の原体験からきているというのは違って、小山さんの原体験をこういう雑談で刺激していくんです。

西村:企画をちゃんと固めてから始まるわけではないんですね。

佐渡島:企画書という感じでやってもアイデアは広がらないので。雑談して、作家が自分のアイデアとなり、描きたいと思ったときが始まりです。

JAXAとの協力はどのようにして得たのか

西村:JAXAには、どういう形で協力を得られたのでしょうか。

西村 真里子氏

▲株式会社HEART CATCH 代表取締役 西村 真里子氏

佐渡島:「JAXAを舞台にして漫画を書きたいです」と、JAXAの広報に連絡したのですが、最初は協力を得られませんでした。そこで、ボランティアで手伝ってくれるJAXAの人を探したんです。その人たちは本当にボランタリー精神がすごかったですね。
西村:でも今なら、JAXA職員の方々の家にも『宇宙兄弟』はあるんですよね。

高田:我が家にもありますし、職場にもあります。

西村:佐渡島さんの今の活動について教えてください。

佐渡島:コルクでは『宇宙兄弟』のファンコミュニティを作り、物販などを展開しています。今はコルクのメンバーが実際の企画や運営をしていますが、僕はコルク代表という立場で、関わっています。

西村:2年ぐらい前、ドバイ(アラブ首長国連邦)で『宇宙兄弟』のキャラが日本の代表となって、展示されていましたよね。

佐渡島:中東の人たちに日本の宇宙技術を売り込むブースに、『宇宙兄弟』が広報を務めました。当社のミッションは「物語の力で、一人一人の世界を変える」。本を作る、漫画を作る以外のこともやっていく会社になりたいと思っています。

ビジョンは「時代性のある、本質的な物語を生み出し続ける」「ファンとクリエイターが直接繋がる社会を作る」「物語に宿っている、世の中を変える力を顕在化する」。

例えば、『宇宙兄弟』の中でALS治療に効果的な方法を発見するというシーンが描かれています。そこで『宇宙兄弟』ファンの人を中心に寄付を募ったところ、1000万円集まりました。それをALSの治療薬の基礎研究に活かしてもらっています。漫画をきっかけに、世の中を変えるところまでいけるような活動をしています。

佐渡島 庸平氏

西村:『宇宙兄弟』というコンテンツを使って、今の日本でどのくらい佐渡島さんがやりたいことが実現できているのでしょう。

佐渡島:堀江貴文さんがインターステラテクノロジズという宇宙開発事業を立ち上げられていますが、日本の宇宙開発はまだまだJAXAが中心です。例えばインターネットバブルは1998年ぐらいから起きましたが、インターネット自体は1990年代の前半からありました。

iPhoneが登場したのは2000年代後半です。堀江さんはよく「俺はインターネットのインフラを作ったんだ」と言いますが、インフラが整備されてからiPhoneが登場し、TwitterやFacebookなどができて、社会が変わっていった。つまり、インターネットが登場してから20年ぐらいかかっているんです。

一方の宇宙は、まだインフラができていません。インフラが整備されて、そこで何をするか。インターネットのインフラを整備したときは、Twitterみたいな一見役に立たないと捉えられがちなものが世界を変えていきました。

宇宙もインフラが整備され、役立つものではなく無駄なことをする人が出てきたタイミングで世の中は変わっていくと思います。20年ぐらいすると花開くビジネスだと思います。

H2Aロケットやこうのとりの開発に従事

西村:20年後ぐらいに、インターネットバブルが来たときのような、宇宙ビジネスバブルが実現すると。高田さん、自己紹介をお願いします。

高田:大学院では東京・ニューヨーク間を3時間で結ぶ、超音速飛行機のエンジン内部の流れを計算で解き明かす研究に携わっていました。2001年にJAXAに入ってからは、宮城県の角田宇宙センターというロケットエンジンの研究拠点に配属され、約2年半、H2Aロケットのエンジンおよびその部品の研究に従事しました。

その後、筑波宇宙センターに戻り、最初はロケット全体の仕事に携わった後、HTV(こうのとり)という国際宇宙ステーションに、物資を運ぶ宇宙船の開発に携わりました。無人の宇宙船のこうのとりを、有人の宇宙ステーションに近づけるのはかなり難しいこと。

私は途中から開発に参加しましたが、最初は「こうのとりが来ない方が安全だ」と言われるような時代がありました。もちろん今では「こうのとりがいないと国際宇宙ステーションのシステムが成り立たない」と言われるぐらいに信頼されていますけどね。

高田 真一氏

▲国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 新事業促進部 J-SPARCプロデューサー 一般社団法人 スペースポートジャパン (SPJ) 共同創業者兼理事 高田 真一氏
東京大学で修士号(航空宇宙工学)取得後、2001年にJAXA入社。ロケットエンジン開発、宇宙船「こうのとり」開発・運用、米国ヒューストン駐在員事務所にてNASA等との国際調整業務を経て、現在は、宇宙旅行時代を見据え、民間事業者等との新たな事業共創活動を複数進めている。

西村:H2Aロケットやこうのとりの開発や打ち上げには、JAXAだけではなく民間の人たちも関わっているんですよね。

高田:ソフトウェアやハードウェア、運用のシステム、地上のシステムの開発者・運用者など、民間の様々な人と協力してシステムを作っていきます。NASAとも協力します。僕が主に担当していたのは、こうのとりの動力源となる推進モジュールやエンジンの開発です。こうのとり打ち上げの際は、運用管制も担当しました。

西村:こうのとりが初めて宇宙ステーションに到達したとき、第一声はなんだったのですか。

高田:おおぅって感じで、言葉ではでなかったですね。

佐渡島:開発に携わるエンジニアは、皆さん工学系の方ですか。

高田:航空宇宙工学だけではなく、いろんな分野の理・工学系が多いですね。

西村:何人ぐらいで開発するのでしょうか。

高田:難しいですが、よく目にするメンバーだけなら100人くらいですが、工場でモノづくりをする方、基礎研究方に従事される方たちも含めれば、かなりの規模になると思います。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

アメリカでの広がりに感化され、日本でも宇宙ビジネスを広げたい

高田:その後2014年から2017年までは、JAXAのヒューストン駐在員事務所に所属し、国際宇宙ステーションプログラムや将来の国際宇宙探査に関する国際調整を担当していました。

その頃、アメリカではSpaceXやBlue Originなど、民間の宇宙ベンチャーが登場して、NASAからロケットや宇宙船の打上げを受注するケースもでてきました。当時は、機会をみつけては、調査も兼ねてアメリカの宇宙ベンチャーを回りました。

西村:民間宇宙ベンチャーのブーミングのときにアメリカにいたことが、今の活動につながっているのでしょうか。

高田:最初はアメリカも、民間の宇宙ビジネス創出には苦労したんですよ。それまでは、NASAが研究開発をしてできたサービスを、NASA自身が使っていました。その代表例がアポロ計画やスペースシャトル計画です。

しかし宇宙産業を水平的に広げるためには、今のままでは民間がビジネスを作れないと気づき、NASA自身が民間宇宙産業を創るために、役割を変えていったんです。宇宙ビジネスの立ち上げのやり方を吸収できる良い機会になりました。

2017年に日本に戻り、日本でも宇宙ビジネスを広げたいと数人のメンバーで話し合いました。2018年、民間企業とJAXAの間でパートナーシップを結び、共同で新たな発想の宇宙関連事業の創出を目指す研究開発プログラム「J-SPARC」を立ち上げました。J-SPARCのプロデューサーとして、今まさに民間の事業を作る活動をしています。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

西村:民間のロケット開発を支援されているわけですね。

高田:インターステラテクノロジズ社をはじめ、日本にもいくつかロケットのベンチャーが立ち上がっています。日本として高めていくべき技術の研究開発をJAXAが担い、その研究成果をJAXAはもちろん、民間企業にも使っていただく、ダブルユースやトリプルユースの絵が描ければいいなと、取り組んでいるところです。

宇宙プロジェクトが、これから熱くなる領域はどこ?

西村:民間でロケットを作る会社や、宇宙旅行を企画するスタートアップ、バスキュールの「きぼう宇宙放送局」開設など、面白いプロジェクトが生まれてきていますよね。
お二人がこれから熱くなると思う領域や、熱くしていきたい領域について教えてください。

佐渡島:当分、宇宙ビジネスの中心はインフラ整備だと思います。従って、参入できる人たちは資本力のある人たちです。今の宇宙旅行は成層圏にゆるやかに出るぐらいまでで、しっかり宇宙に行けるのは、かなり先の話だと思っています。当分はロケット開発などが中心でしょうね。

高田:1秒間に約8キロメートルの速度まで加速しないと宇宙を周回できないんです。技術的には大きなギャップがあります。だから種類やプレイヤーを増やして、サービスを多様化していくことが求められます。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

佐渡島:アポロから40年経っても、昔できていたことが、今はできていない技術がたくさんあるんですよ。技術は仕様書に書かれているものが、すべてではないですからね。

高田:その通りです。

西村:それはどうしてなんでしょう。

佐渡島:例えばエンジンオイル一つとっても、量については書かれていても、入れ方は書かれていないから、形式知になっていない。ロケット産業は形式知になっていないことの塊になっているんです。その典型がロシアです。新しいものに換えると動かなくなるので、古いものをそのまま使っているんです。

高田:ソユーズやプログレスは、50年以上前に初飛行し、改良を積み重ねて、まだ現役です。

西村:テクノロジーのアップデートと共に、人材に貯まるスキルのトランスファーが大事になるということですね。

佐渡島:アップデートされたテクノロジーを、宇宙にどう使っていくかについて、SpaceXなどアメリカのベンチャー企業が挑戦していますが、簡単ではないですね。昔の宇宙船も大人数で開発されていました。でも、アメリカのフォン・ブラウン、ロシアのコロリョフという圧倒的な天才でリーダーシップのある人がいたから、進んでいたところがあります。

SpaceXもイーロン・マスクというカリスマエンジニアがいます。彼がどこまできるのか、楽しみですね。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏
高田:イーロン・マスクは最高のエンジニアだし、決定権も持っていますからね。SpaceX社は工場の中も充実し続けており、人も増えています。特に若い人が多いんですよ。僕が訪れたときの従業員の平均年齢は20代でした。

あの会社はかつて、ライバルはアップルだと言っていたんです。数カ月に1回新製品を出すアップルのように、ロケットもバージョンアップしていくんだと。こういう考え方は面白いですよね。とにかく、ロケットもそうだけど、中身のサービスやソフトウェアのバージョンなど、変化の度合いが大きいんです。

西村:ロケットというと、ハードウェアは思いつきますが、中身のサービスとは何を指すのでしょうか。

高田:複雑のシステムを動かしているのは、ソフトウェアです。例えば宇宙船こうのとりが国際宇宙ステーションにどう接近するか、ロケットをどう飛ばすのかも、大部分がソフトウェアの仕事。ソフトウエアの特性を理解し、仕様書にないようなハードの特性も知っておかないといけないのは、そういうところなんです。

宇宙船こうのとりにはメインエンジンのほかにも、小さなエンジンが複数付いています。こうのとりが国際宇宙ステーションとドッキングする場合は、宇宙ステーションの下側から上がっていくのですが、初号機の時、最終接近していく途中で、1つのエンジンが熱くなる事象が発生しました。

そのとき推進系の運用管制をリードしていた僕は、その状況を見ながら、ハードウェアの故障なのか、実現象なのか、ソフトウェアの異常なのか、問題の切り分けをしなければなりませんでした。つまりハードウェアのエンジニアでも、ソフトウェアを知らないと切り分けができないのです。

JAXA高田真一氏

最後はどういう手順で切り替えたらいいのか、こうのとり運用管制のリーダーであるフライトディレクタや、誘導制御やソフトウェアのチームの人と連携しながら進めました。総合力が試されるんです。

宇宙船こうのとりのエンジンは、3号機から、日本製に換えました。するとエンジンが変わると、宇宙船こうのとりの挙動が変わるので、ソフトウェアを制御する人にとっては大きな問題になるわけです。そこで3号機はハードウェアとソフトウェアの開発者、そして複数の民間企業も一緒になって、エンジンの力を最大限発揮するようなソフトウェアの検証に取り組みましたし、ハードであるエンジンのデザインにも反映しました。お互いがお互いを知ることが、すごく大事だと思いましたね。

西村:高田さんが注目している分野について教えてください。

高田:インフラが大事というのは同じです。日本にもロケットベンチャーが出てきているので、我々のJ-SPARCのチームも研究開発をし、一緒にしっかり取り組んでいこうと思います。インフラが多様化していかないと広がっていかないですから。

一方で、事業として進めていく分野も、いくつかあると思います。例えば、GPSの衛星を使ったサービスはその一つです。例えばラグビーの選手に一人ひとりにGPSのセンサーをつけて、試合中にどう動いたか見るようなサービスに取り組まれている大学もあります。

無駄な動きをしていないか、プラン上はこういう動きをすべきだったとなど、戦術に反映していくのです。宇宙×スポーツの分野は結構、進んでいます。また人工衛星を使って、石油資源の埋蔵量を計測して、経済指標に反映するようなビジネスも徐々に出ています。

コルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏

西村:ウォルマートでは駐車場に止まっている車の台数の増減を、衛星を使って計測しています。

高田:空いている不動産を見つけるなど、いろいろなものに衛星は活用されています。あとは通信ですね。海上を航行中の飛行機内でも、静止衛星との通信により、Wi-Fiが使えるようになりましたが、今後は、小さな人工衛星を多数配備することで、地球上のどこからでもインターネットがつながる世界が実現されます。GPSや衛星観測データを使ったビジネスがさらにたくさん、出てくるでしょうね。

佐渡島:今、僕が宇宙で面白いと思うのは通信です。衛星から全部、通信ができるようになると、4Gや5Gのインフラを地上では展開できない人たちが、日本と同じ通信環境になっていくからです。そうなったときに、作られるアプリやコンテンツは今までとまったく、変わっていくのではと思っているんです。

西村:地球全体がネットに平等につながるようになるわけですね。

佐渡島:アフリカでもいまや、ほぼ全人口がスマホを持つ時代です。アフリカでは住所がなかったりするんです。でも、ECビジネスが立ち上がっている。つまり住所のない人に、ちゃんと品物を届けるECビジネスが発達しているんです。

今の日本は、オフィスや家などの定住場所に品物を届けます。しかし、自動運転の時代になると、寝ている間に移動して、遠隔で仕事をするかもしれません。そうなると、アフリカの定住しないところにものを届けるECの仕組みが、日本に入ってくる可能性がある。そういう変化のきっかけに、宇宙があると思います。

ほとんどの人は、電気の発明や原子力の発明によって、世の中が変わったことは理解していません。それと同じで、宇宙プロジェクトによって、世の中がどう変わったのか、ほぼ紐付かないビジネスがどんどん増えてくると思っています。

『宇宙兄弟』編集者のコルク佐渡島庸平氏とJAXA高田真一氏が語る──「宇宙×テクノロジー」で広がる可能性とは?【後編】へ続く