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池澤あやかさんがテクノロジーの出会いを語る──プログラミング合宿に飛び込んで、自分を鍛えた学生時代

ソフトウェアエンジニアとして働く傍ら、ITテクノロジーにも詳しいタレントとして活躍する池澤あやかさん。池澤さんが、いかにして今のような働き方に至ったのか。ソフトウェアだけではなく、電子工作やガジェットなどのテクノロジーに魅了されたきっかけを語る。

池澤 あやかさん

Profile

池澤 あやかさん

1991年生まれ。慶應義塾大学SFC環境情報学部で、インタラクションデザインを専攻。第6回東宝シンデレラオーディション審査員特別賞受賞。情報番組をはじめとするTV番組への出演やIT系メディアへの寄稿を行う一方、フリーランスのソフトウェアアエンジニアとしてアプリケーションの開発に携わる。

私がWeb制作をするために身に付けた技術

コンピュータ自体には早くから触れていたんですが、HTMLを編集してWebサイトを作ったりするぐらいで、本格的な勉強を始めたのは大学に入ってからです。Webサイト制作の授業や大学で行われていた自主的な勉強会で基本知識を習得し、その後、Web制作会社でのアルバイトで知識を深めました。

大学卒業後も、しばらくはWeb制作の仕事をしていました。Web制作でよく使っていたのはHTML、CSS、JavaScript、そしてフレームワークはWordPressを使っていました。

池澤 あやかさん

学生時代にもう一つ出合ったプログラミング言語がRubyです。夏休みに、プログラミング全然できないからプログラミング合宿にでも行こうと思っていたのですが、当時はプログラミング合宿が今ほど充実していなくて。初心者でも参加しやすそうな合宿の選択肢がそれしかなかった、という理由で、松江市が主催するRuby合宿に参加しました。

そのRuby合宿で、初めてまつもとゆきひろさんと出会いました。まつもとさんと直接お話しできたのかは緊張していて、よく覚えていないんですけど(笑)。合宿に参加していたメンバーから「Web開発とすごく相性のいいアプリケーションフレームワークがRubyにもあるよ」と教えてもらったんです。

それがRuby on Railsだったんですね。東京に戻ってきたら速攻でRuby on Railsの講座を探して、通いました。この知識は今の仕事にとても役立っていると思います。

電子工作やプログラミングに熱中した学生時代

最初にプログラミングするときって、サンプルコードを参考に、コードをいじってみるところから始めると思うんです。私もそれをやっていました。ただ、もどかしさのほうが大きかったですね。コードを思い通りに動かす知識が圧倒的に足りなかったんです。

でも、プログラミングを学んでいくうちに、ものがつくれるようになってくるので、もどかしさ以上に面白さが勝ってくるようになりました。

大学ではインタラクションデザインというインターフェースと人との関わりを考えるの研究室に入っていました。自分の表現で人を驚かせることが好きだったので、そういった分野への関心は以前からありました。その研究室では作品を作るために電子工作やプログラミングが必須で、最初はKinectのサンプルコード改造みたいなことをやっていました。

そういったいわゆるメディアアートに近い分野のプログラマーが好きなProcessingという言語も良く使っていました。。アニメーションのような視覚的な表現が、他のプログラミング言語に比べてやりやすいJavaベースの言語です。

池澤 あやかさん

研究室で培った電子工作の知識って、ソフトウェアエンジニアになってからは正直あまり生きてこないんですけど、先日、同僚のソフトウェアエンジニアが、「ハンダ付けしなきゃいけないけど、やったことない」というのでやり方を説明しました。

「まずは接合したい金属同士を温めて、そこにハンダを流し込むような感じ。ハンダが富士山のような形になるのがいいハンダ付けだよって。」とか(笑)。

アルバイトではWeb開発、大学の研究ではインタラクションデザインの研究と両輪で走っていましたが、大学で研究している分野よりも、新しいサービスをつくるとか、。人の生活を変える実感を持てる仕事をしたいなとと思うようになりました。

大学時代はタレントとしての活動もしていたので、学校の授業、Web制作のアルバイトとのかけ持ちで今よりもずっと、多忙でした(笑)。

アキバのコワーキングスペースでの出会いが転機に

大学卒業後もWeb制作をそのまま続けたり、電子工作のプロトタイプを作ったり、基本的に一人でやる仕事が多かったんです。ただ、秋葉原にある「DMM.make AKIBA」というコワーキングスペースに顔を出すようになってからは、大勢の人と一つのプロダクトを作るプロジェクトに巻き込んでもらって。それが自分にとっては大きな転機になったと思います。

「DMM.make AKIBA」には、ハードウェアのスタートアップの人たちがたくさん集まっていました。「DMM.make AKIBA」内にあるシェア工房を使ったり、シェアスペースを使っていたりすると、自然と会話が生まれてつき合いが始まる。

私は電子工作も結構好きなんですが、知識が豊富なわけではなかったので、電子回路に詳しい方に知識面でよく助けてもらっていました。「この回路がどうしても動かないけど、なぜ?」と思った時に近くに聞ける人がいるのは、すごくありがたいことでした。

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秋葉原で知り合ったスタートアップの一つが、コネクテッド・ロック「TiNK(ティンク)」などを事業にしている「tsumug」という会社です。私はいま、tsumugと業務委託を結び、開発に参画しています。

このインタビューシリーズにも登場している、きゅんくんもtsumugに籍を置いています。きゅんくんはメカエンジニアですが、私はソフトウェアエンジニアで、主にAPIの整備などを担当しています。今は tsumugで仕事をしている時間がかなり長いです。

tsumugではプロジェクトごとに使う言語やフレームワークが違っていて、こっちはRubyで書かれているけど、こっちはPythonで書かれてるなんてことがあります。、Pythonに慣れてきたときに「これをよろしく」って振られてきたのはRubyだったりして頭の切り替えが大変です(笑)。

他にもGoで進めているプロジェクトもあって、これを頼まれたらどうしようって怯えています(笑)。でも、エンジニアとしては、成長できる環境にいるのかもしれないですね。