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テクノロジー×ビジネス×クリエイティブ─ポリネーター西村真里子の「キャリア原点」

テクノロジー×ビジネス×クリエイティブを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターなどを行う西村真里子さん。イベントプロデュースから、海外カンファレンスのレポーターまで、その仕事の幅は広い。日本IBM、アドビシステムズ、バスキュールなどで磨いたマルチなキャリアと多彩な人脈を活かし、それらを縦横無尽に結び付ける彼女ならではの仕事術。その秘訣はどこにあるのか。

西村真里子さん

Profile

株式会社HEART CATCH代表・プロデューサー 西村 真里子氏

国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、アドビシステムズでフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールでプロデューサーを経て2014年に株式会社HEART CATCH設立。ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーをつなぐ“分野を越境するプロデューサー”として自社、スタートアップ、企業、官公庁プロジェクトを生み出している。
J-Startupサポート企業、Art Thinking Improbable Workshop Executive Producer 、内閣府第一回日本オープンイノベーション大賞専門委員会委員、経産省第4次産業革命クリエイティブ研究会委員、武蔵野美術大学 大学院 クリエイティブイノベーション学科研究室 非常勤講師。

舞台装置をFlashで描いて、シミュレーションする

家に写真の現像機やはんだごてなど、機械いじりの工具が普通にある家庭で育ちました。女の子だから「シルバニアファミリー」のようなお人形遊びもしてたんですが、私の場合は家にある工具を使って、お人形遊びの小道具を作ったりしていました。

高校で はダンス、大学では舞台照明に熱中していました。ステージという空間に照明で色付けをするって、たぶん学生時代にしかできない体験だし、あまり人がやらないものをやろうと。舞台照明の配線図をPCで起こしたり、仲間とステージをMacromediaのFlashやDirectorでシミュレーションしていたのが、テクノロジーにハマったきっかけといえるかもしれません。

就職先として舞台照明の会社を考えたこともありますが、女性を積極的に採用する業界ではなかったようで面接で「キツイですけど、本当にやりますか?体力勝負ですよ」と聞かれたときに、照明が好きだったのですが「はい、やります」と言えなかった。ちょっと違うなと感じたんですね。それよりは、配線図を起こしたり舞台のシミュレーションができるパソコン相手の仕事の方が面白いかもなと思ったんです。

西村真里子さん

大学を出て、日本IBMに就職します。当時は文系でも1年間しっかりとプログラミングの研修を受ければ、エンジニアになれると言われていました。ですから、本格的なプログラミングはIBMに入ってからです。

自分が研修して学んだことを、実プロジェクトに適用すると結果が返ってくる。それが単純に面白かったですね。仕事としてお金をもらいながらプログラマとして学べるって、なんて素晴らしいんだろうと。

配属先は社内イントラネットの仕組みを作る部署。社内外の情報をどうやって集め、どうやって発信していくか、そのプロセスを考えていました。まだ1年目でプログラミングの研修を受けているのに、研究所で検索エンジンを作っているコアな研究者たちと一緒に仕事をする機会があったのはラッキーでしたね。

その後グローバルのibm.com/supportページの検索エンジンとデータベースの仕組みを作るプロジェクトに配属されて多言語対応データベースでのタクソノミーの仕組みを作るところに関わることができ特許も取りました。IBMは知財戦略にたけた企業で、 特許を取ることを奨励していましたので良い挑戦ができたと考えています。

作るのも、広めるのも好き。開発からマーケティングへ

検索エンジン、データベースの構造に携わると同時に、そのデータベースに流し込む社内情報を集める仕事も同時並行で行っておりました。IBMにはたくさんの部署がありますが、当時は各部署の情報が一元管理されていませんでした。そこで「情報発信タスク」というプロジェクトが始まり、各部署の情報を一元管理し、共有できるプロセスを作りました。

ある程度の仕組みを作ったら、そこに情報を入れてもらわなければいけないので、海外や国内の各部署に、この仕組み使ってくださいとお願いする必要があります。その担当が私でした。

各部署を回って、システムを宣伝しているうちに、私はプログラムを書くことも楽しかったのですが、どうしたらみんなが積極的に使ってくれるか、それを工夫することも楽しんでいると気づいたんです。プロモーションやマーケティングという仕事への目覚めですね。

西村真里子さん

当時、エンジニアからマーケティングに進むキャリアパスはあまりなかったんです。エンジニアで入ったら、システムアーキテクトになるかプロマネになるのが通常のキャリアパスでした。でも私は、あまのじゃくというか、決められたとおりに行くのも嫌だなと思っていたんです。

それで、マーケティング部署の部長が参加する飲み会に勝手に行って、接点を作ってもらいコミュニケーションを取り始めました。で、「面白いエンジニアの子がいるから、マーケティングの部署に異動してもらってもいいんじゃない」という流れにしてもらいめでたくマーケティングへ異動させていただきました。

誰かに決められたレールを走るだけじゃなくて、行きたいと思えば自分でレールを敷くこともできる。そのチャンスは、飲み会かもしれないし、いまでは勉強会とかもたくさんあるので接点は無数にあるはずです。

最初に配属された部署だから、自分はここにしかいられないということは全くなく、自分が行動を起こせば、応援してくれる人が新しい場所を作ってくれる。そうしたことが、その後も何度かありました。大切なのは自分のやる気を見せること、自分でカードを作り、それを適切なタイミングで切り出すことなんです。

ユーザーコミュニティで、場作りに目覚めたAdobe時代

ポジションを作ってもらって、マーケティングの部署に異動できたのですが、しばらく仕事を行っていくと、大きな会社のマーケティングでは自分はワンオブゼムというか、一端しか担えない現実に徐々にムズムズ感が増していきました

そんな時に、たまたま飲み屋で知り合った方(今では恩人といえる方)に、Macromediaへの転職を誘われました。その方には、大学時代に舞台照明のシミュレーションをするためのツールとして、Flashを使っていたことを話しました。当時はほんのちょっとしか触ってなかったんですけど(笑)。

でも、「製品には愛があります」と強烈にアピールしたんです。実際好きだったし……。もしかしたら私は、愛というパッションだけでキャリアを切り拓いてきたのかもしれませんね(笑)。なにはともあれ、Macromedia、その後のAdobe Systemsに転職することになりました。

IBMのような大企業から、当時は正社員が30~40人ぐらいの 会社への転職。もちろん不安はありましたが、小さな会社のほうが自分が責任をもって関われる範囲が広がるだろうなという期待がありました。

西村真里子さん

私が担当したのはFlashやDreamweaverなど、Webの開発者やデザイナー向けのツールです。海外でできたものを日本市場に投入するにあたって、製品として不具合がないかと、日本のマーケットにどう入っていくかを見る役割でした。ユーザーがどう製品やサービスを使っているかを知りたいときに、調査会社のデータだけで見ても、ユーザーの生の声がなかなか届かないんですね。

そこで、実際のユーザーと接点が持つべく勉強会を企画。月1回大崎のAdobeのオフィスでFlashの勉強会を開催しました。ユーザーの皆さんがどう使っているのかを直接聞いたり、アメリカのプロジェクトマネージャーが日本に来た際には、最新の一次情報に触れることができる場を作ったりもしました。

当時は一人でコツコツWebを作っているエンジニアやデザイナーが多かったんですが、コミュニティに参加することで、新しい使い方を学んだり、自分の作品も紹介したりできるようになりました。

これまではWebブラウザ上でしか発表する場がなかった人たちが、同じプロフェッショナルの仲間たちの前で直接発表できる。それが優れたものだと認められると、アメリカで開かれるカンファレンスで紹介されることもありました。この流れをうまく繋げれば、日本のクリエイターが世界に出ていくチャンスが広がるなあと、夢が膨らみました。

もともとこの勉強会は、ユーザーの声を聞きたい自分のためでもあったのですが、ユーザーもすごく喜んでくれました。ユーザーのコミュニティづくりって、やはり大切だなとあらためて思いました。

ただ、社内的には決してわかりやすいマーケティング戦略とは言えない。「ユーザーコミュニティ活動を熱心にやっても、それでいくら売れるの」みたいな声も社内にはありましたが、とにかくユーザーとの接点を持つのが楽しくて業務時間外だろうがなんだろうが積極的に声を拾っていました。関連海外カンファレンスもユーザーを連れて自費でいっていましたね。結局は自分が楽しめる立場であったということが大きかったのかもしれません(笑)。

次回 #02 時代の流れに正面から向き合い、次のテクノロジーに乗れる人間でいたいー西村真里子の「キャリア原点」