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エンジニアの本質はゼロから新しい原理を創造すること──IT批評家 尾原和啓

京都大学院で人工知能論を研究し、マッキンゼー、Google、NTTドコモ、楽天、リクルートなどで事業立上げ・投資を歴任してきたIT批評家・尾原和啓氏。尾原氏のビジネスの原型となった体験と、新しいビジネスをゼロから作り上げるエンジニアの本質について語ってもらった。

IT批評家 尾原和啓氏

Profile

IT批評家 尾原 和啓 氏

1970年生まれ。京都大学大学院で人工知能を研究。マッキンゼー・アンド・カンパニー、Google、NTTドコモ、楽天、リクルートなどで事業立上げ・投資に関わる。経産省対外通商政策委員なども歴任。現在はシンガポール・バリ島をベースに人・テクノロジー・事業を紡いでいる。著書に『ITビジネスの原理』(NHK出版)『モチベーション革命』(幻冬舎)など。

場所と情報、そして時間の差がビジネスの源泉だった

かつてのビジネスの源泉は、場所による格差から生まれるものでした。大航海時代の香辛料貿易を例にお話しましょう。胡椒はインド原産の香辛料で、インドには山のように生えていましたが、当時のヨーロッパにはないものでした。

しかし、冷蔵技術がない時代に、食料を長期に保存するためには欠かすことのできないもので、ヨーロッパでは珍重されていました。インドからアフリカの喜望峰を回って船で運ぶのですが、当時は胡椒一粒が金一粒といわれるぐらいの価値があったそうです。今でもそういう商材はあります。例えば、日本産の高級品種のぶどうは、中東のドバイで売ると一房2万円ぐらいする、という話もあります。

こうした場所の格差は、次第に情報の格差に取って替わります。情報を豊富に持っていればいるほど、ビジネスでは有利な選択ができるようになります。私がかつて在職していたリクルートも、まさにこうした情報の格差を利用したビジネスモデルで成功した会社でした。社内では当時「おみくじコンテンツ」という言い方をしていたのですが、人は人生の決断に迷った時、神社でおみくじを引きますよね。

尾原 和啓氏

 

情報が足りなくて不安だからこそ、神様の助言でも参考にしたいわけです。リクルートは、進学、就職、転職、結婚といった人生の節目ごとにそれぞれに特化した情報コンテンツを手軽に提供することで、情報を求める人々の需要に応えました。

場所と情報の格差が縮まると、今度は時間が重要になります。忙しい現代人は同じ情報を得るにしても、できれば簡単に短時間で済ませたい。インターネットが普及し始めた頃は、それにアクセスする手段が限られていて、通信コストも従量制なので、多くのユーザーは回線を繫ぎっぱなしにするわけにはいきませんでした。

そこで、ユーザーが見たいWebサイトを事前に登録しておけば、深夜の固定料金制の時間帯にそれらを自動的にクロールして、内容をキャッシュしておくという技術が生まれます。ユーザーは昼間の空いている時間に、ネットに接続しなくてもその内容が読めるというわけです。私が学生時代にアルバイトをしていたザクソンという会社も、そうしたソフトウェアを開発していました。

一方、NTTドコモでiモードのビジネスに関わっていた頃には、インターネットはタダで見られるから、有料コンテンツを提供しても誰も使わないと言われていました。

しかし、当時、iモードのコンテンツ開発を統括していた夏野剛さんは「100円ライター理論」ということを提唱された。家にどんなに高級なライターを持っている人でも、道端でライターを持っていなくて、タバコを吸いたいとなったら、コンビニでつい100円ライターを買ってしまう。

つまり、忙しい現代人には、ほんとに欲しい情報を適切なタイミングで提供すれば、有料でもやっていけると考えたわけです。実際、iモードによって必要なコンテンツに対価を払う文化が生まれ、iモードのコンテンツ市場は国内だけで6,000億円規模にまで成長しました。

当時の電話帳広告の市場が最盛期で2,000億円ぐらいでしたから、実にその3倍だったのです。時間の格差を埋めることがビジネスの価値になったのです。

エンジニアにとって「測定と梃子(てこ)」は何なのか

どんな時代にも新しいビジネスをゼロから作り上げるときは、参考にするべき教科書などないので、自分たちで徹底して原理原則から考え、仮説を立て、それを検証しながらビジネスを開拓する必要があります。

「おみくじコンテンツ」も「100円ライター理論」も、そうした仮説検証の一例です。もちろんそれらは、うまく成功したからこそ、こうして偉そうに語っているだけで、その陰には有効ではなかった原理原則も無数にあったのですけれど(笑)。

エンジニアにとっても大事なことは、こうした原理原則、仮説検証を通して新しいルールを作り出すことだろうと思います。そもそも、エンジニアの本質は、人から言われたものを作るのではなく、ゼロから新しいものをジェネレート(創造)するところにあります。

世界を変えるような原理やルールや仕組みを作り出す。そうやって新しい価値観が生まれ、それが世界に流通していくのを楽しめる人こそがエンジニアです。

尾原 和啓氏

 

米国のプログラマでエッセイストのポール・グレアムが書いた本に『ハッカーと画家』というのがあります。そこで彼はハッカーと画家は、新しい世界を創り出せる点で似たような職業だと書いています。

さらに、成功するために大切なのは、「測定と梃子(てこ)」がある仕事をすることだとも言っています。測定とは自分がやっている仕事の生産性を測るということです。梃子とは自分の決定が大きな効果をもつような仕組みを考えることです。

エンジニアの一人ひとりは小さな存在だけど、それが作った仕組みが世界に大きな影響を与えるということが時々あります。僕は今では自分ではコードを書かないけれども、世界中で起きている測定と梃子を、誰よりも早く言語化して、人々に紹介することに力を注いでいます。

「いま中国のインターネットビジネスで起きているのはこういう技術、こういう仕組み。それを日本に持ってくるときにはこうアレンジしたらいい」というようなアドバイスをよくします。エンジニアのみなさんにも、ぜひ自分の測定と梃子を考えてほしいなと思います。

エンジニアはテクノロジーの最前線でビジネスを生み出す

ここまで読まれた読者の中には、ビジネスを考えるのは経営や企画サイドの人であって、自分たちは目の前の技術に取り組むだけで精一杯だ、という人もいるでしょう。果たしてそうなのでしょうか。

今でこそ、自分で撮った写真をスマホの待ち受け画面にしている人は多いのですが、ガラケーの時代にはそう簡単でありませんでした。

そもそも初期の携帯電話にはカメラが付いていなかったし、アイドルの写真やキャラクターを販売するサイトはあったものの、普通のユーザーがそれを待ち受けにするためには、サイトへの登録とか支払いや、ダウンロードした画像を探す、いろいろと面倒なことがあったからです。

つまり、需要と供給の間の距離が遠かった。需要と供給をつなぐ道のりの間に、途中でユーザーの熱が冷めるポイントがあると、お金は決して落ちてこないものです。

ただ、iモードの時に、「画面メモという機能を使って、それを待ち受け画面替わりにしているユーザーがいる」と教えてくれたのは、とある電話機メーカーのエンジニアでした。みんな、既存の機能をうまく転用しているというのです。

そこで僕らも、ユーザーのニーズをビジネスにするためにはどうしたらいいかを一生懸命考えるようになりました。iモードに新しいメニューを加え、ワンタッチで待ち受け画面が作れるようにしたのです。待ち受け画面用のコンテンツサイトはこうして600億円もの市場に育ちました。

ここで重要なのは、ユーザーの需要や困りごとに真っ先に気づいたのは、ユーザーにより近いところにいるメーカーのエンジニアたちだったということです。何がビジネス成長の制約になっているのか、どういう機能を作ればユーザーの動線は滑らかになるのか、それを一番よく知っているのはエンジニアなのです。

尾原 和啓氏

 

僕のように企画サイドにいた人間でも、エンジニア的な観点があったからこそ、その気づきをビジネス・チャンスに活かすことができた。僕が常々、エンジニアこそビジネスの最前線で仕組みを考えるべきだと主張するのは、そういう経験があるからなのです。

僕がGoogleにいた頃には、Googleの中でエンジニアに求める最大の能力とは何かという話をよくしていました。その答えは「自ら解決可能な最大の課題を自ら設定し、それをやり抜く能力」というものでした。

課題はテクノロジー的なものでも、ビジネス的なものでも構わない。重要なのは自らに最大の課題を設定し、それに向けて自分を成長させていこうという態度なのです。たとえそれが小さな課題であっても、それを達成することで、次の課題が見えてきます。


挑戦を何度も繰り返しながら、絶えず成長を続けることができる。そこにこそ、エンジニアの真骨頂があると僕は思います。エンジニアのみなさんにはそうした挑戦のフィールドで自らの成長を楽しみながら、世の中により大きなインパクトを与えているような仕事をしてほしいと思います。

#03 「体験と信頼のインターネット」をアルゴリズムで実現するのが、エンジニアの役割