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「体験と信頼のインターネット」をアルゴリズムで実現するのが、エンジニアの役割──IT批評家 尾原和啓

京都大学院で人工知能論を研究し、マッキンゼー、Google、NTTドコモ、楽天、リクルートなどで事業立上げ・投資を歴任してきたIT批評家・尾原和啓氏。最終回となる今回は、未来のインターネットにおいて、エンジニアが果たすべき役割について語っていただいた。

IT批評家 尾原 和啓氏

Profile

IT批評家 尾原 和啓氏

1970年生まれ。京都大学大学院で人工知能を研究。マッキンゼー・アンド・カンパニー、Google、NTTドコモ、楽天、リクルートなどで事業立上げ・投資に関わる。経産省対外通商政策委員なども歴任。現在はシンガポール・バリ島をベースに人・テクノロジー・事業を紡いでいる。著書に『ITビジネスの原理』(NHK出版)『モチベーション革命』(幻冬舎)など。

「インターネット的」な生活を享受できる時代に

インターネットが日本に広く普及するようになって、はや25年経ちます。この間、インターネットのテクノロジーとビジネスは、紆余曲折を経ながらも大きく成長してきました。一方で、いろいろと弊害が生まれていることも事実です。

本来インターネットは、分散環境で誰もが自由に情報を発信できることが魅力でした。しかし、近年はユーザーのデータはGAFAのようなジャイアント企業に独占され、GAFA(※)のいずれかのIDを取らなければ、情報収集も情報発信もしにくくなってしまった。

※GAFA:米国を代表するIT企業、Google、Apple、Facebook、Amazon4社の頭文字で称される。

例えばApp Storeでアプリを配信する時も、AppleのIDを使わなくちゃいけない。「あれ、昔、ビッグブラザーにハンマーを投げつけるCMをやっていたのってAppleだったよね」と、僕なんかはつい突っ込んでしまうんですが(笑)。

情報が集約される便利さの一方で、プライバシーが毀損されるなどのリスクも生まれる。それにどう対処するかがいま問われています。その議論の中では、あらためて「ディセントラライゼーション(非中央集権化)」の必要性を提唱する識者もいます。

尾原和啓氏

 

2001年に糸井重里さんが『インターネット的』という本を書きました。今から思えば、インターネットの現状と未来を予測する上で、きわめて示唆的な本だったと思います。糸井さんによれば、インターネット的とは、インターネットそのもののことではなく、インターネットが普及して人々の生活や態度がどのように変わるのかを示す言葉で、「リンク」「シェア」「フラット」の3つを重要なキーワードとして掲げています。

かつて、それらを実現するためには、テクノロジーの制約があった。ところが、回線スピードの向上やサーバーコストの低減など技術の進歩があり、Web2.0というコンセプトも生まれ、僕たちはようやく25年を経て「インターネット的」な文化を享受できる環境を持ち得たとも言えます。

例えば、「食べログ」のようなグルメサイト。大都市だけでなく全国のレストラン情報がそこには集まります。その町に初めて訪れる人でも、ユーザーのレビューを手がかりに手軽によいレストラン体験を共有できるようになりました。

インターネットという川の汚れを除去できるのは誰?

誰もがネットで情報を発信できるようになると、どんなことが起こるのか。一つにはエンジニアではない人も、ネットを介して何かを作り上げるフラットな協業が可能になりました。その象徴がWikipediaです。「自分は魚が詳しいんだ、いや、アイドルのことなら任せて」。そんな人たちが集まって、リアルタイムに更新されるインターネット百科事典が生まれました。

誰もが発信できるということは、悪意のある人も発信できるということ。いや善意も悪意もないけど、何がしか情報の対価にお金を儲けられればいいという人までもがネットに参加するようになります。米大統領選の時に、選挙の行方を左右するようなフェイクニュースがあふれましたが、発信人は必ずしもどこかの党派を応援していたわけではない。

単に反クリントンの記事を書くとPVが上がり、広告がクリックされて儲かるぜ、と無邪気に考えた人たちでした。食べ物を粗末に扱うコンビニ店員の投稿や、かつての恋人との情事をネットにばらすリベンジポルノ。そうしたものが拡がるのも悪意というよりは、中間でとりあげるメディアの中にはアクセスが稼げて、結果的にお金が儲かるからというところも少なくありません。

尾原 和啓氏

 

ネットで誰もが発信できる民主化(デモクラタイズ)が進むことで、みんなが恩恵を受けると同時に、歪みも生じるわけです。これは伊藤穰一氏が言っていたことですが、1950〜60年代に深刻だった公害、環境問題と同じ構図とも言えます。

工業化社会が進んで、みなモノを作ることに熱心だった時代、モノを作れば会社が儲かる。工場のコストを削減すればもっと儲かる。工場の廃液は川に垂れ流したほうが、管理コストは削減される。時代がそう思わせていた節がありました。

ただ、工場内部では経済合理性のあることでも、廃棄物を垂れ流したのでは、住民が困ります。いわば内部の論理が外部不経済を生み出す。廃棄物で日本中、誰も住みたくない空と川だらけになっては、元も子もないのです。

その後、人々の環境意識が高まることで、環境を汚染する企業はメディアで批判されるようになりました。環境技術の発達や環境税の導入などインセンティブの効果もあって、かつてのような環境汚染はめったに発生しなくなりました。このように、僕たちは、新しい技術がもたらす問題をいつかはコントロールすることが可能なのです。

今年のTEDでも面白い議論がありました。Twitterの共同創設者・CEOのジャック・ドーシー氏とTEDのキュレーターであるクリス・アンダーソン氏との対談。アンダーソンは誹謗中傷やハラスメントやフェイクニュースが溢れるTwitterの現状を指して、「もうTwitterはダメなんじゃないか。まるで、今にも氷山にぶつかって沈没しそうな“ツイタニック号“のようだ」と挑発します。

これに対して、ドーシーは「Twitterを健全にするための4つの指標を設定した。さらに、これまではTwitter上の問題投稿はユーザーの通報でしかわからなかったけど、今ではAIの力を借りて新しいアルゴリズムを開発し、通報が来る前に問題投稿の40%が検出できるようになった」と反論しました。わずか1年半の間に、それだけの成果を挙げたというのです。

僕は、テクノロジーの進化というものは、常に螺旋状のように進むと考えています。時には公害をまき散らしてしまうかもしれませんが、僕たちにはそれをきれいにする力はあると信じたい。インターネットという川の汚れを除去することができるのも、エンジニアの力なのです。

体験と信頼のインターネットの時代に果たすエンジニアの役割

インターネットの未来を考えた時、僕が関心を持つのは、これからのインターネットは「何のインターネット」になるのか、ということです。これまでは「情報のインターネット」でした。しかしこれからは「体験のインターネット」に進化していくでしょう。僕は年間85回も飛行機に乗って、世界中のいろんなところを旅しています。

そのたびに、オキュラスのVRカメラで撮影した映像を、家にいる娘に送ります。娘はVRゴーグルを使ってそれを再生する。「フィリピンは前に行った時より、ずいぶん綺麗になっているね」とか「砂漠の真ん中でカンファレンスをやるなんて、パパ、すごい!」とか。娘は僕が見たままの体験を、インターネットを介してそのまま体感できるんです。

そもそもこういった体験を共有する走りであるアクションカムのGo Proはサーファーが、波の合間をくぐるという体験を共有したいと思って開発したカメラです。その迫力のある映像を見ると、僕だってサーフィンをやりたくなる。実際、Go Proで疑似体験できるようになって、サーフィン人口が増えたという話もあります。

尾原 和啓氏

 

スマホが登場してから10年で、ライブコンサートの市場が倍に広がっているとも言われます。米津玄師の歌はどこでもダウンロードできるようになったから、楽曲コンテンツそのものには価値がない。しかし、米津のライブはそこに行かなければ体験できない。

だから、人はみな会場に足を運ぶ。それとSNSが普及することで、ライブの映像を撮って、人にちょっと自慢したいという欲求も生まれるようになりました。まさに、体験に価値が宿る時代になってきたのです。

もう一つ、僕が注目しているのは「信頼のインターネット」。ここでは、ユーザーのレビューと行動記録(ログ)が信頼を支える梃子になります。フード・デリバリーが欠かせないインフラになっているアメリカでは「ゴースト・レストラン」といって、キッチンしかないレストランが流行り出しています。

客はサイトのレビューを読み、「ここならこういう料理を何分で届けてくれる」と信じた上で注文する。その信頼を失えば店の評価は下がります。逆に信頼に応えるべく努力すれば、客席のない小さなデリバリー専門店でも大繁盛するのです。

中国版Uberと言われるライドシェアの「適適出行」では、スマホの加速度センサーをドライバーのログに利用しています。法定速度を守った上手な運転をしていれば、高評価がつきます。なおかつユーザーのレビュー評価も高いドライバーには、車の買い換えに融資が受けられるようになります。

車格が上の車に乗り換えれば、それだけ運賃単価も高くなる仕組み。つまり、よいサービスを提供している人が、ネットの力を通して、さらにビジネスを拡大できるというわけです。

みんなが情報を発信することで、よいものを提供している人が浮かばれる社会になる。情報のインターネットが、体験と信頼のインターネットに変わっていくのです。

ここでもエンジニアの役割は重要です。技術者が開発するランキングのアルゴリズムでは、誰かが上位に上がれば、誰かが下位に下がります。そのアルゴリズムは、本当に価値のあるサービスを上位に留め、そうでないものを下位に押し下げているのか。

エンジニアはそこに敏感にならざるをえません。アルゴリズム・フェアネス(公正)の鍵を握っているのはエンジニア。その意味で、未来のインターネットにおいても、エンジニアが果たすべき役割はたくさんあるのだと思います。