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高校1年で「並列」コンピューティングによるCGアニメを制作──大関真之氏と量子コンピューティングの出会い

量子コンピューティングが注目を集めている。その中でも量子アニーリング方式の研究者として知られる大関真之氏の活躍ぶりは目覚ましい。東北大学「量子アニーリング研究開発センター」や「量子アニーリング研究開発コンソーシアム」の設立、量子アニーリングの応用研究開発に尽力する一方で、シグマアイを創業し、研究成果の社会実装にも取り組んでいる。また、量子アニーリングや機械学習に関する著作や講演にも定評がある。産学に渡り、次世代テクノロジーを牽引する大関氏に、その熱い想いを語ってもらった。

大関 真之氏

Profile

大関 真之氏
東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻 准教授 東京工業大学科学技術創成研究院 准教授、株式会社シグマアイ代表取締役 

東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。京都大学大学院情報学研究科助教、ローマ大学研究員等を経て現職。真の産学連携の姿を追い求め、株式会社シグマアイを設立。基礎研究にとどまらず、 応用研究をデンソーや京セラなど多数の企業と共に推進。株式会社シグマアイとD-Wave Systems Inc.の間で日本初の大型契約を締結。代表的な著作に「機械学習入門-深層学習からボルツマン機械学習まで-」「ベイズ推定入門-モデル選択からベイズ的最適化まで-」「Pythonで機械学習入門- 深層学習から敵対的生成ネットワークまで-」「量子コンピュータが人工知能を加速する」「量子アニーリングの基礎」「量子コンピュータが変える未来」がある。

「FF7」の世界を創りたくて、CGアニメ映画を作り始めた

最初に触れたテクノロジーは、NECのPC9821だったかな。私が中学3年生の時で、まだHDDは1.2GBぐらいの容量しかなかった時代です。もともと母親がIT関連の仕事をしていたので、ワープロなどは物心ついた頃から家にありました。ファミコンも幼稚園か小学1年生くらいに買ってもらいました。しかし、ゲームにはあまりこれぞテクノロジー!といった香りは感じなかったと思いますね。

ところが、パソコンが家に来て、これからすごいことが起こるぞと思ったんです。ちょうどその頃、「FINAL FANTASY VII(ファイナルファンタジーセブン)」が登場して、それまで2次元のアニメキャラクターが一気に3次元のポリゴンで動いて活躍するのを目の当たりにしました。

こいつはすごい。どうやらあれはコンピュータで作られた映像らしい。家のパソコンもコンピュータなんだから、もしかしたらそれと同じことができるんじゃないか。それでインターネットでいろいろ調べたら、3次元の画像を作り出すコンピュータプログラム、ソフトウェアというものが存在すると知りました。それを勉強すれば、「FF7」の世界が自分で作れると思うようになったんです。

小さな頃から漫画を描くのは好きで、中学校ではアニメーション研究同好会に入っていました。パラパラ漫画のような紙芝居的なアニメを作るんですが、部員が少ないんで、仕方がないから一人でそれを描いていた。自分でコンテと原画を描いて、セル画の原画を1枚1枚8ミリフィルムで撮影し、それを編集してアニメにしていました。

大関 真之氏

とても楽しかった一方で、労力もかなり必要とされるので大変でした。そこで、コンピュータで作れば簡単にできるんじゃないかと考えたんです。紙に絵を描いたものをポリゴンデータにし、3次元CGに変換して動かす。面倒なことをテクノロジーを使って簡単にしたい。

そういう動機って、エンジニアならわかりますよね。学校は中高一貫校だったので、高1の文化祭に向けて、中3の後半からフルCGアニメ映画を作り始めました。いま思えば無謀な計画です。

家のパソコンでは足りなかったので、先生に相談して、授業時間以外に使っていないパソコンを使わせてくれと交渉しました。学校のコンピュータルームには40台ぐらいあったので、これを並列で動かしたら、CG化の作業が40倍スピードアップするはずだと。一種の並列コンピューティングですね。

とはいえ、マウスクリックは自分で40台のマシンの間を縦横に動きながらやらないといけない。アニメ同好会は文化系の活動のはずなのに、もう汗だくなんですよ(笑)。それでも努力のかいあって、20分近くのフルCGのアニメ映画が完成しました。

何の知識もない状態からコンピュータに触れ、それを使い倒した。人間はたった一人でも、コンピュータを駆使すればいろんなことができる。そこには無限の可能性があるという驚きがありました。その衝撃がいつか核心となって、その後の私の人生を決定づけることになります。

情報統計力学で、計算機科学と物理学を橋渡しする

高校時代は、毎年作品を作っていましたね。クオリティは上がる一方だし、楽しかった。将来はアニメーションの道に進もうかと思ったりもました。アニメ制作は高校3年生の秋の文化祭までやっていたのですが、ある事件が起こります。

制作途中でハードディスクがクラッシュ。バックアップなんて取っていなかったから、全て消えてしまいました。残っているのはプロモーションムービーだけ。高校時代の最後の作品は完成できなかった。そこで急に憑きものが落ちたようにテンションが変わり、受験勉強に集中するようになりました。

予備校の冬期講習で物理の授業を受けて、物理ってロマンがあるなと感心したことがありました。宇宙スケールからミクロまで、数式だけで理解できる営みだと。それまでの理科の授業で聞いていたときは、ピンと来ることはなかった。

しかし、よりレベルの高い講義を聴いたことで、モノがどうやって動くかという原理が明らかになり、その未来を予言するのは物理の世界だとわかるんです。公式を暗記するのが苦手だったので、原理だけを抑えれば理解できるという物理学のシンプルさにも惹かれました。

そこで大学では物理を専攻することに決めて、東京工業大学の物理学科に進学します。コンピュータでモノを動かすという体験を経て、物理学で自然現象を理解するというように発想が飛んだわけです。

大関 真之氏

大学では、再び自分の人生を決定付ける出会いがありました。今没頭して研究している量子アニーリングを提案した理論物理学の権威で、指導教官の西森秀稔先生です。西森先生の授業はすごく面白かった。先生にはコンピュータのアルゴリズムや計算手法やそこで起こる現象を、物理学の考え方で理解する情報統計力学という分野があることを教わりました。

その当時、前の時代のブームが去った頃だと思いますが、人工知能を作るニューラルネットワークですら、物理法則で理解することができると説くのです。今でこそニューラルネットワークは全盛期ですが、私の大学生時代、今から20年近く前からそうした研究をがすでになされていたというのは、すごいことですよね。

「コンピュータと物理学は一見、無関係に思えるが、実は互いに関係付けることができる。全然無縁のものではない」

そう聞いて、もともとコンピュータ好きだった私の心は騒ぎました。パソコンで3DCGを作ってきた経験も活かせるかもしれない。そこで迷うことなく、西森先生の研究室の門を叩き、卒業論文の研究に励むことになります。

西森先生は、難しい課題を出して学生を困らせるのが得意なんですよね。「こういう研究があるよ」と論文を紹介してくれるのですが、いきなり100ページ近い論文を示して、「これ、読んでこい」と。それは量子コンピュータの基礎技術に関する論文で、量子コンピュータのふるまいを情報統計力学を使って理解するアプローチについて書かれていました。

当時の量子コンピュータは、概念があるだけで姿も形もない。だからこそ、全く新しいことを研究できるんだなと思い、私は夢中になりました。それが卒業論文の研究テーマにもなりました。

研究テーマの概略は次のようなものです。量子コンピュータは、これまでとは原理の違う概念なので、いろいろなところで欠陥が生じるだろう。量子コンピュータが扱う情報を正しく保持し続けるためには、誤り訂正というメカニズムが必要となる。そのメカニズムについて、世界の研究者がさまざまな提案をしていました。

方法として非現実的なものもありましたが、有望な方法もあった。その中でも有望だったのは、自然現象をうまく利用するという方法です。生物の自己修復メカニズムというか、自然って頑強だから、ちょっとした崩れがあっても治せるんです。そのメカニズムがコンピュータに生じる誤り(エラー)を治すのに利用するというのです。

コンピュータで計算するとボロボロ出てくるエラーは、自然現象における物質の中の不純物のようなものと例えられる。その不純物でどんなことが起こるのか、つまり物質の研究をすれば、それ自体が量子コンピュータの研究につながるというわけです。計算機科学と物理学の間を橋渡しする研究。コンピュータ好きの物理学科の学生にとっては、垂涎もののテーマですよね。

予備校講師時代の格闘がプレゼンテーションスキルを磨いた

東工大の大学院生の時に予備校教師をしていた時代があって、これは今でも大きな財産になっています。自分が物理を好きになったのは予備校の授業だったから、自分も予備校の先生になって恩返ししたいという思いからでした。

もう少しシビアな話をすれば、大学院には行きたいけど、同時に自分でお金が稼げるようになりたいとも思ったんです。学部卒の同級生たちは就職が決まり、働き出している。ちょっとした引け目があったんですね。お金を自分で稼げるようになるために、予備校の先生というもう一つの道も確保しておきたかった。

そこで大学院入試の前に、駿台予備校講師の試験を受けたら受かったんです。ただ、その時に模擬授業をやったときに、面接を担当した人にはこう言われました。「君は予備校教師として絶対売れない」って。今でもよく覚えています。それでも合格。意外でしたね。

大関 真之氏

まあでも実際、教壇に立つと、その予言通りうまく教えられないんですよ。人を感動させる授業ができない。いま思えば、予備校のプロ講師は皆さんすごい技術を持っている。特に駿台は本物志向というか、予備校生だろうが手加減せずに、大学の講義レベルの内容を教える。そうやって高校生や浪人生の学問への好奇心を引き立てることが、自分にはできなかったんです。

このままじゃみっともないと思いました。そこで授業後に、なぜ高校生や浪人生たちは自分の授業を面白いと思ってくれないのかを考えてみました。教えなければいけないことがたくさんあるから、ついどんどん進んじゃう。ついてこれない生徒が出てきますよね。だから諦めてしまったり、そもそも話が面白くないからか飽きられてしまう。

そこで考えついたのが、黒板に板書する時に一種のムダというか、余裕を作ろうということ。その余裕を持ってしっかりと教えようって。授業で特に重要なポイントを板書しながら、そこにドラえもんみたいなキャラクターを添えたんです。アニメ同好会時代のスキルがここで活きてきます。漫画描くの得意ですから(笑)。

私が漫画を描いている間、早めにノートが書けた人は説明を聞けばいいし、ノートを書くのが遅い子も、その時間で追いつくことができる。教える側もそこで一息つけるわけです。そうこうするうちに、授業をうまくまとめられるようになり、授業の質も高まりました。

1年半もすると、生徒からの反響や人気も高まって、夏期講習・冬期講習も任されるようになり、私自身の報酬も上がったんです。人気講師となり、生活の心配も要らなくなった。授業を計画して、指導方法を改善して、お金をもらうプロになれた。

私は研究者としてのプロになる前に、実は授業をすることのプロになれた。予備校の授業を通して、人に伝える・教えるスキルを磨き上げることができた経験が、その後の大きな自信になりました。

いま講演などで壇上に立ちながら、観客の表情が見えて、その息が聞こえ、雰囲気が読めるのは、その当時の研鑚があればこそです。ユーザーやクライアントは何を欲しがっているのかを考えることができる。それは研究者としてもエンジニアとしても、そしてもちろん社会人として、とても大切なことだと思います。