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大企業が変革し、スタートアップが増える──及川卓也氏が目指すエンジニアが輝く世界とは

及川卓也氏は所属でラベル付けされることを嫌う。エンジニアがリスペクトされ、人材の流動性の高い社会では、会社の名前にこだわることなど意味がないと考える。及川氏が考える、日本のテクノロジーのこれからとエンジニアの生き方とは──

及川卓也氏

Profile

Tably(テーブリー)株式会社
代表取締役 Technology Enabler 及川 卓也(おいかわ・たくや)氏

早稲田大学理工学部卒業後、DEC、Microsoft、Googleにてソフトウェアを開発。Microsoftでは日本語版と韓国語版Windowsの開発統括を務める。Googleでは9年間にわたり、プロダクトマネージャとエンジニアリングマネージャーを経験。Chrome、Chrome OS、Google日本語入力などを担当。2012年日経ビジネス「次代を創る100人」に選出。その後「Qiita」を運営するIncrementsに入社、プロダクトマネージャーとして従事後、2017年独立。フリーランスの立場から複数の企業の技術・事業アドバイスを行う。2019年1月、Tably株式会社を設立。

エンジニアとテクノロジーがもっとリスペクトされる社会に

私が独立して、技術顧問やテクニカルアドバイザーという形でIT業界と関わろうと思ったのは、ソフトウェアエンジニアやエンジニアリングマネジャーのような開発に携わる人たちの地位向上を考えていたからです。

日本にも優秀なエンジニアは多いので、その人たちもっと輝いて、日本だけではなくグローバルでも活躍できるようになってほしい。海外に就職するのもよし、外資系に入るのもよし、日本企業が海外で通用するようなプロダクトやサービスを出すのもよし。一番最後のところを最も期待しているんですが、そのためにやらなければならないことばかりです。エンジニアの価値がわかり、果敢に海外への展開を考えるような企業への人材の流動はもっと進むべきですし、そもそもエンジニアへの評価ももっと高まらなければいけない。

エンジニアがリスペクトされる存在になるためには、エンジニア自身が価値ある仕事をやらなければいけない——これは「鶏とたまご」の関係ですが、このサイクルがポジティブな形で回っているのが、やはり米国、なかでもシリコンバレー地域ですね。

反面、日本はテクノロジーの価値がまだあまり社会が認められておらず、その結果社会の進化が止まっちゃっているんじゃないかと思うことがあります。私は技術が全てだと思っているわけではないんですが、明らかに使えるはずの技術を使っていないことで社会全体のサービスレベルが下がったり、高コスト体質になっていることが多すぎる。そこをどうにか解決したいと思っています。

スタートアップが続出し、いくつかの大企業が事業構造を変えていく未来

大企業とスタートアップの関係についてもよく考えることがあります。私がスタートアップを応援するのは、日本にもっとスタートアップが増えればいいし、スタートアップがもっと成長すればいいと思ったからです。しかし、日本はまだまだ新興企業が少ないですよね。アメリカはこの50年で企業番付のトップ500がすっかり入れ替わってしまいましたが、日本はまだそこまで行ってない。

必ずしも大企業が悪いというわけではないですが、何十年も前のビジネスモデルのまま生き残っている企業が多すぎる。大企業で役割を終えたところは申し訳ないけど、もう退場していただくことがあっていいんじゃないか。つまり、生き残れるのは絶えず変わり続ける企業だけでいいと思うんですよ。

でも、だからこそ、1社でも2社でもいいから、大企業が本当に変わったら日本は変わるなとは思います。昨年くらいから日本の伝統的な大企業の仕事を引き受けるようになったのですが、それもそういう思いがあったからです。

アメリカでは大企業がテクノロジーベンチャーをM&Aして、その価値を活用して大企業も事業構造を変えていくことがよくあります。これからは日本でもそういうことが頻繁に起こるでしょう。ただ、大企業にとってもスタートアップにとっても一番良くないのが、オープンイノベーションのようなものをちょっとやって、それでお茶を濁すということです。

担当者は就くものの、きちっとした目標も予算もなく、オープンイノベーションだ、デジタルトランスフォーメーションだとかいって何かはやる。しかし成果が出せずに、結局はその事業を任命した人たちだけの自己満足で終わる。そんなケースも散見されています。

テクノロジーの社会的受容性を高めるために必要なこと

もう一つ、最近私が思うのは、日本社会におけるテクノロジーの受容性ということです。中国では新しいテクノロジーの社会実装実験がどんどん始まるのに、日本ではそれがなかなかできない。法律や慣習といった社会的制約が強いからでもあるし、なにより、ITを使うことに抵抗感を持つ人々がまだまだ残っているという、一種の社会的マインドの問題もあると思います。

テクノロジーの社会的受容性を高めるためには、国も率先して特区を作って実験をするというようことをやるべきだとは思いますが、何でも国に頼っていてはダメだとも思います。国が変わると同時に、人々のマインドも変わらないといけないんです。

誤解を恐れずに言い切っちゃいますが、私はITを学ばないような怠惰な人は、もう社会から退場してもらったらいいと思っているんです。前にコラムでそういうことを書いたら、「ITを学ばせさせるとか、そんなのはIT技術者の傲慢だ」といったコメントがあったんですけど、そんなレベルの話をしているのではないんです。

及川卓也氏


今はタブレットやスマートフォンとか3歳児でも操作できるインターフェースのデバイスが登場しているにも関わらず、「自分はガラケーしか使わない」っていう人がいます。でも、50代でも60代でも知り合いとLINEでコミュニケーションしたり、QRコード決済を面白がったりする人はいます。

そちらのほうがもしかするとマジョリティなのかもしれないのに、一部のアナログしか使えない人たちが、デジタルが分からないことを正当化しているわけですよ。そのマイノリティの人たちを一人でも不幸にしちゃいけないがためにその人たちのレベルにITサービスが合わさざるを得ません。

それで社会全体が不幸になっていく。まるで日本という国は「一人でも不幸な人を出さないために、全員が平等に不幸になる」ことを選んでいるかのようです。サイバーセキュリティ戦略本部を率いる大臣がパソコンを使っていないこと自慢したり、事業のトップが2段階認証を知らなかったりとか、もうめちゃくちゃですよ。日本では企業のビジネスも社会的サービスも、ほとんどがITで成り立ってるはずです。それを語れないということ自体がもう失格なんですよね。

「ダメなものはダメ」って言わないと、ほんとにダメになってしまう。最低ラインのところを最低のままにしてちゃいけないんですよね。底をもっと上にあげていかないと、日本のテクノロジーの水準は高まらないと思います。

自分の頭で考えるエンジニアは、スキルポータビリティも考える

テクノロジー受容性のレベルの底上げと、先端へ向かって果敢にチャレンジするスタートアップや大企業を増やすことが同時に必要です。もちろん、それをリードするのはエンジニアたちです。ただ、それができるためにはエンジニアもたえず変わっていかなくてはなりません。

一つの組織に縛られすぎないほうがいい。一つの組織に居続けるにしても、いつだって転職するぞというぐらいの覚悟で構えていたほうがいいと思います。あまりにもその組織や技術に最適化されすぎてしまうと、すぐに他社に移ることができない。本人もそれに気付いているからこそ中にしがみつくというような悪循環もあります。

だからこそ、エンジニアはポータビリティのあるスキルを持つようにすべきです。スキルというのは何も技術スキルのことだけではなく、ヒューマンスキルも含めてですが、いつでも外に持ち出せる、外でも活用できるポータビリティのあるスキルを持っておくことが、転職するにしても、死ぬまでそこで働くにしても、いずれにしても有効なことだと思うんですね。

及川卓也氏

与えられた仕事を粛々とこなすというマインドセットはつまらないし、それでは成長がないのもたしかです。別の言い方をすれば、「自分で考える」ことがエンジニアにとって最も大切なことです。私がMicrosoftやGoogleで学んだことは、これがいいからと鵜呑みにして全部そのままやるのではなく、自分ならどうするかということを常に考える、そういった姿勢や思考方法でした。

例えば受託の開発だとしても、開発の現場に降りてくる時はかなりタスクが細分化されて全体像が見えなくなっているかもしれません。でもエンジニアであるなら、このシステムは一体何を作ろうとしていて、それは実際どんな価値を最終的なユーザーに与えるものなのかということに、少しは思いを馳せてみる必要があります。

自分の作っているプロダクトがお客さんにどう使われて、どんな問題を解決しようとしているのかを、自分の頭で考えなくてはいけないのです。

もし自分が社内で何らかの影響力を行使できる立場にいるのなら、企画や開発手法や設計のスタイルについて、きちんと自分から提案したり、議論に加わっていくことも大切しょうね。そうしたマインドセットの延長線上に、もしかしたら起業や転職というキャリアステップが必然的に導き出されるのかもしれません。