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ソフトウェアで洋裁を超える型紙製作に挑む──ファッションテックデザイナーOlgaさんと技術の出会い

最新のテクノロジーをファッションの文脈で再考し、ファッションに新しい価値を吹き込むファッションテック。その領域で最前線を走り続けるデザイナーのOlga(オルガ)さん。Illustratorを使えば、型紙の直線をまっすぐに引けるという素朴な気づきが、テクノロジーとの出会い。ファッションテックが誰にも認められない時代から、“奇跡のリンゴ”を育てるように格闘を続けてきたこの10数年を振り返ってもらった。

Olga(オルガ)さん

Profile

ファッションテック デザイナー デジタルハリウッド大学大学院 助教 Olga(オルガ)さん

国内の大学でファッション・デザインを専攻した後、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの大学院でファッションとテクノロジーの関係性を独自に学び、3Dモデリングから洋服をデザインするという発想と技術を深めた。帰国後、アパレルブランド「Etw.Vonneguet」を立ち上げ、デジタルツールを駆使した新しい服づくりへの挑戦を開始。渋谷パルコや伊勢丹をはじめとする国内百貨店への出店や東京コレクションへの参加経験もある。2017年3月デジタルハリウッド大学大学院デジタルコンテンツ研究科を修了。同年4月より、同助教に就任。2018年4月より、同大学院のFashion Tech Labを主宰。ファッションテックで「未来を、世界を、かっこよくしたい」というのが長年の理念。

Illustratorを使ったらまっすぐ線を引けるじゃない!

2000年代の初頭の頃、私はファッションの専門学校、文化服装学院に併設されていた文化女子大学(現・文化学園大学)で、ファッションの勉強をしていました。iPadだけで洋服をデザインしちゃうような今の若い子に話すと、びっくりされるんですけれど、当時は型紙を手で書くのが当たり前の時代。大学でやっていたのも、基本は昔ながらの洋裁なんです。

もちろん、学校にコンピューターはありましたし、AdobeのIllustratorを使った授業もありましたが、それがメインではなくて、基本は手で線を引く。ファッションの業界ではクラフトマンシップが重んじられ、それをデジタルで簡略化することが必ずしもよいことだとは思われていなかったんです、その当時は。

Olga(オルガ)さん

でも、人の手でやるとどうしても真っ直ぐに線が引けない。1ミリでもずれるとやり直し。それが、デザインソフトで描いたら、誰でも真っ直ぐに引けるじゃないですか。なんでみんなそれを使わないのかなと不思議。テクノロジーとの出会いにおける素朴な疑問でした。

単にソフトウェアを使ったほうが簡単というだけじゃなく、こうしたテクノロジーを使えば、もっと面白いファッションをデザインできるんじゃないか、私はそう思ったんです。テクノロジーとファッションを融合したら、新しい領域が生まれるだろうという予感でした。

今で言う「ファッションテック」ですね。それをもっと突き詰めようと思ったんですが、誰も教えてくれないし、当時はそれが勉強できる学校は日本にはなかった。そこで大学を出ると海外に渡ることにしました。

イギリスに留学し、日本のファッション系スタートアップと出会う

イギリスの「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション」という大学に、「ファッション・デザイン&テクノロジー」という修士課程のコースがあって、そこに留学しました。

イギリスにはファッションデザインで有名な学校がいくつかありますが、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションはファインアート寄りのデザインをするというよりは、よりアパレル産業寄り。デザイナーズブランドではなく、アパレルメーカーが作るようなファッションを学ぶところでした。

CADを使ったり、3Dのパターンメイキングをしたりするような授業もありました。ただ、テクノロジーを謳うわりには、大学院にはまだ私が求めているようなツール、ソフトウェアは少なくて、自分で独自に文献を探し出し、ツールを使って研究、創作するというスタイルが大学院での生活でした。

大学院生は自分なりのプロジェクトを企画して、それを実現するために、自らリサーチやインタビューをすることになっていたので、私もいろいろとソフトウェアの世界を調査しました。

その時、出会ったのが日本の大阪で起業したスタートアップ。ハイエンドの3次元CGを作れるソフトウェアに「Maya」というのがありますが、そのプラグインをファッション業界向けに開発していました。そのソフトウェアを使うと、3Dのモデリングから2Dの型紙をワンタッチで生成できるんです。

Olga(オルガ)さん

これまでは2Dの型紙を描いてから、それを立体に仕立てるというのが普通の方法だったんですが、その逆なんです。まずはワイヤフレームからポリゴンで3Dを生成し、服のシルエットを先に作る。その後に型紙に落とすわけですね。考えてみれば、そのほうがデザイナーの頭の中の3Dのイメージをより的確に、より速く、よりダイレクトに実現できます。

私が使うべきなのはこれだなと思って、その会社にインタビューしたり、試作品を作らせてもらったりするうちに、「日本に戻って一緒に面白いことをやろう」と誘われて、博士課程への進学をやめて、日本に戻ってきました。それが2008年のこと。大げさに言えば、「日本にファッションテック革命を起こそう」という気概。それが私にもそのスタートアップにもありました。

誰にも理解されない「暗黒時代」をくぐり抜けて

ただ私たちが始めたことは、ちょっと時代から早すぎたのかもしれない。私たちは2008年には型紙を一切使わないファッションをデザインして、仮想空間で売るということを企画し、それを「デジタルファッションショー」と名づけて開催しています。でも、周囲には全く理解してもらえなかったですね。

ファッションテックをビジネスにするためには、お客さんがつかないといけない。営業に同行して、アパレル会社やゲーム会社などいくつも回りましたが、興味を示す企業はまれでした。私自身もファッション・コンテストにいくつも応募しました。

「3Dによるパターンメイキングこそがこれからの主流になる。その象徴がこの服なんです」と主張しても、審査員の方々にはなかなかわかってもらえない。みなさん「ゴメンね」という表情で、もちろん落ちまくりです。私はこの頃を、「ゴメンね!の時代」と呼んでいます。「おまえのやっていることは全くわからん、ゴメンね!」という表情を周囲の人たちに何度されたことか。暗黒の時代です(笑)。

Olga(オルガ)さん

その頃、「セカンドライフ」という、3DCGで構成された仮想世界を楽しむインターネット上のプラットフォームがありました。2003年にアメリカの会社が始め、今でも細々とですが残っています。

アバター同士でチャットできるのはもちろん、そのファッション、周囲の景観や建物まで全部ユーザーたちがデジタルコンテンツとして制作して販売したり、イベントを運営したりできるというもの。当時としては先見的な試みでしたね。

一時は、無限に広がるデジタル空間で色々なビジネスができるというので話題になり、日本でも大手企業がいくつも参入しました。例えば、ソニーはファッションに特化した3D空間を運営していました。そのキービジュアルのデザインなどを私が担当していたんです。

ただ、当時のブラウザやネット回線では動かすのが重かったり、当時のヘッドマウントディスプレイは巨大すぎたりして、けっして快適な環境とは言えなかった。参加企業のマネタイズも難しかった。その時は私もスタートアップの経営の難しさを痛感しました。

でも、3DCGの世界やファッションテックの分野は必ずいつかは花開くと思って、諦めることなく、その後も細々とこの世界に居続けて、今ではなんとかビジネスとして成り立つようになりました。

渋谷パルコで「SOUND FABRIC ORCHESTRA」を展示

デジタルファッションショー以降も、渋谷パルコを舞台に、プロジェクションマッピングとかARとかちょこちょこやっていました。今でこそARアプリを使ってサクッとデザインができますが、その頃は結構難しくて、私はリープ・モーションを使って洋服の柄を作ったりしていました。

私の仕事が社会から注目されるようになったなと感じたのは、2016年1月の「Fabology」でしょうか。セメダイン社が開発した導電性接着剤(セメダインSX-ECA)があって、それを使って何かファッションのモックを制作してくれないかという依頼があったんです。

Fabology
▲衣類x導電性接着剤ー絵を描くように電子回路を布に描く「Fabology」

その接着剤はもともと導電材の溶接作業のために開発されたものですが、布の上に塗布すれば、そこに電子回路を描くことも可能です。それを見たとき私は「柔らかいエレクトロニクスの時代が来たんだな」と思いました。

最初はTシャツを作ろうと思ったんですが、それだけだとインパクトが弱いので、着物の生地に書かれた電子回路に2400個のLEDを搭載。まるで雪が舞い落ちているかのようなグラデーションになるよう配置してみました。

それが新しいウェアラブルデバイスの表現と可能性を広げるものと評価されたのでしょう。テレビのニュース番組でも紹介されたりして、いきなり注目を浴びるようになりました。

その後は、抱き合う、肩を組む、ハイタッチするなどのコミュニケーション行動をトリガーに、服の中に搭載した電子回路が接触して、服が光るという仕組みを考え、「-A-C-T- ぼくらの、いいね!が見える服」という作品を発表しました。

-A-C-T-

▲搭載した電子回路が接触して、服が光る「-A-C-T- ぼくらの、いいね!が見える服』

LEDで光る服というのは実はたくさんあって、今では3,000円ぐらいでAmazon買えたりします。ただ私は、なぜ光らせるのかという動機やコンセプトが重要だと思うんです。技術だけに注目しすぎると、コンセプトメイキングの部分が弱くなります。

その頃の私の頭の中には東京オリンピックのイメージがありました。スポーツ観戦のスタジアムの感動をファッションテックで表現できないものかと。スタジアムでみんなが歓喜のアクションをする時って、ハイタッチしたり、ハグしたりするじゃないですか。

「-A-C-T-」では、接触点を手や肩にだけ設けて、人が触れあうアクションをした時にしか服が光らないようにしたんです。観客に光る服を着てもらって、誰かがコントローラーで一斉に光らせるというのじゃ、あまりにもサムすぎる。そうじゃなくて、みんなが本当に盛り上がると、光の波や渦が巻き起こるほうが自然でしょう。

しかも、光の点滅をデータ化してクラウドに上げれば、観戦中に何回、何時間、みんなが触れあっていたのかということが、イベント高揚指数として可視化されます。ライブや音楽イベント、フェスなどでも、本当に盛り上がったイベントはどれか、そのイベント中で盛り上がった瞬間はどういう時だったのか、ということがわかるようになる。そういう使い方もあります。

「異能ベーション ジェネレーションアワード」で企業特別賞を受賞

最近は、科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)など公的機関との接点も増えてきました。NEDOの「TCP(Technology Commercialization Program)2018」というコンテストでは、私の会社「ish」が審査員特別賞をいただきました。最先端の技術や発明を、ファッションとデザインエンジニアリングの力で本当にかっこいい ものにする会社ということが評価されたようです。

2019年には、総務省が主催する「異能ベーション ジェネレーションアワード」で「SOUND FABRIC ORCHESTRA」というインスタレーション作品が企業特別賞を受賞しました。産総研と共同開発中です。これまで変なことをしている奴らとばかり思われていたのが、苦節何年じゃないですけれど、ようやく国からも認められるようになった。少なくとも面白そうだねと言ってもらえるようになった。とても感慨深いものを感じています。

Olga(オルガ)さん

「SOUND FABRIC ORCHESTRA」では「音を着る」をテーマに、布状のスピーカーを使ったパーカーなどを作りました。布地から音を発生させる技術と、それを服として身につける使い方の提案をしています。

布スピーカーは伸縮自在。自分の好きな音楽を、Bluetoothで飛ばして、服からはもちろん、カーテンやソファやランチョンマットなど部屋中のアイテムから流して、オーケストレーションすることができます。このイベントの開催にあたってはクラウド・ファンディングを活用し、80人の支援により1,301,537円の資金を集めることができました。

2019年11月にリニューアルオープンした渋谷パルコのテーマの一つが「テクノロジー」。そこでファッションテックをコンセプトに、1階の「BOOSTER STUDIO」で「SOUND FABRIC ORCHESTRA」を展示。多くの方に未来の音楽体験していただきました。