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澤円氏が、自分のひらめきとガジェットに導かれながら、テクノロジーの渦を体験したこと

年間200回以上のプレゼンテーションを行い、プレゼンのスペシャリストとして知られる澤円氏。プレゼンテーション・アドバイザーとして活躍し、琉球大学客員教授やベンチャー企業の顧問も務めている。澤氏が若い頃に体験した“テクノロジーの渦”とは何か。その出会いから、プレゼンの神と呼ばれるまでのキャリアの軌跡を辿りながら、エンジニアが輝く世界に向けて澤氏渾身のメッセージとは——

澤円氏

Profile

プレゼンテーション・アドバイザー、圓窓代表 澤 円(さわ・まどか)氏

大手外資系IT企業 テクノロジーセンター センター長。立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年より、現職。情報共有系コンサルタントを経てプリセールスSEへ。競合対策専門営業チームマネージャ、ポータル&コラボレーショングループマネージャ、クラウドプラットフォーム営業本部本部長などを歴任。著書に「外資系エリートのシンプルな伝え方」「マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術」。

カッコイイものは、機械やコンピュータ仕掛けで動く

僕のテクノロジー原体験の話から始めましょう。僕らの子供の頃といえば、男の子が好んで読むマンガはロボットが主役というのがお決まり。「スターウォーズ」や「スタートレック」といったSFドラマも大好きでした。すべてカッコイイものは機械やコンピュータ仕掛けで動く、子供の頃はそんなふうに素朴に思っていましたね。 

私には10歳上の兄がいて、彼が大学生の頃に、当時は車1台分もする高価なNECのPC8000シリーズのパソコンを借りて、IT商社の下請けでプログラムを作っていたんです。当然、GUIじゃなくてCUIベースで操作する。 

僕は「使い勝手の悪いゲーム機だな」くらいにしか思ってなかったけど、家の中にパソコンがあったので、コンピュータへのアレルギーは全くなかった。そういう環境で育ったことは、恵まれていたと思います。 

僕のテクノロジー好きというか、ガジェット好きを決定付けたのは映画『007』シリーズですね。なかでも、僕が大好きなキャラクターが「Q」。Qの由来は“Quartermaster”(補給担当将校)で、高性能の武器を開発してはジェームズ・ボンドに渡して、彼の危機一髪を助ける役割です。「Qがいなければボンドは30秒で死ぬ」って、僕はよく言うんですけれど(笑)。

澤円氏

とはいえ、エンジニアになるつもりはなくて、大学は経済学部。ただ思い返せば、一般教養の授業で一つ好きなものがありました。「情報経営論」だったかな、コンピュータを活用した経営学の話なんですが、担当の教授の話が面白かった。 

「メインフレームに専用線を繫いでダム端末で入力する」のように、IT専門用語だらけの表現を一切使わずに、ビジネスに使われているコンピュータの仕組みを説明するんです。「専用線」のことは「ハリガネ」って言ってましたね。 

だから、文系の私の頭にもすっと入る。複雑な物事を適切な比喩を使って、わかりやすく説明するこのやり方は、今の私のプレゼンテーションスキルにも活きているのかもしれません。 

大学卒業間近になって就職を考えるようになりますが、最初は一般的な大手企業に入ろうと思っていたんです。本命の会社から内定をもらっていたし、拘束日には会社に行ったりもしていました。ところが、なぜかしっくり来ないんですよね。いわば本能的な勘みたいなもので、「ここじゃないな」と。結局内定を辞退し、4年生の年明けから就職活動をやり直すんです。 

その時、頭にひらめいたのは、ソフトウェアエンジニアになりたいということ。といっても、ソフトウェアのことも、IT系知識も、当時はあまり知らなかったんですよ。そこで文系でもエンジニアとして採用してくれる会社を探し、生命保険大手のIT子会社に入ることになります。 

なぜITを選んだのかは、実はよくわからない。ただピンと来たっていう感じなんですが、あの内定を蹴って別の会社に就職したことは、僕の人生にとってすごく良かったことだと今でも思っています。

ガジェッターとして、体験を言語化することの意味

晴れてソフトウェアエンジニアになれるとワクワクしましたけど、最初はCOBOLプログラミングの研修です。当時はソースコードを手で紙に書いていたんですよ。それをパンチャーに渡して、入力してもらう。コンパイルすると結果が紙に出力されて、それをデバッグする、という今では想像もできないようなやり方でした。 

生命保険会社のIT子会社ですから、主に生保会社の業務アプリケーションを開発していました。僕はその中でもグループ会社向けのシステム外販部隊にいて、会計システム 総勘定元帳や損益対照表をオンラインで計算させるようなシステムの開発を担当していました。 

今ならExcelでやりますが、当時はメインフレームでやっていたんですね。結局、そこで5年間勤めました。何せコンピュータの知識があまりにも不足していたので。プログラムがなかなか書けない。いつもヒーヒー言ってました。でも、先輩社員がいい人ばかりだったし、これで給料もらえるんだったらいいかなと、割り切っていました。

澤円氏

そうこうするうちに、1995年になります。Windows95が登場して、世の中にインターネットというものが認知されるようになります。携帯電話も出始めて、500人ぐらいの会社でまだ個人持ちしているのは3~4人という頃に、僕も自分で買いました。

 

「東京デジタルホン」という携帯電話会社の端末。今はソフトバンクに吸収されていますから、4代ぐらい前の名前ですね。歩きながら携帯電話で誰かと話すなんて、子供の頃にみたSFマンガの世界。僕の中のガジェット好きの虫が湧いてきたんです。 

コンピュータ雑誌を読んで、Gatewayのパソコンがカッコイイと思い、早速注文しました。コンピュータを自社工場にて組み立て直販する販売形態、今でいうBTOを真っ先に取り入れた会社です。 

当時、コンピュータ雑誌でたくさん記事を書いていたライター「スタパ斎藤」さんのコラムが好きでよく読んでました。ああ、こうやって意味もなく、ガジェットを買う生き方もあるんだなと感心したことを覚えています。 

僕の家には今、パソコンだけで10台ぐらいあって、よく「どうやって使い分けていますか」って聞かれるんですが、それって愚問ですよ。使い分けることに意味はない。だって、所有するのが目的なんだから(笑)。 

ただ、所有するというのは、何か欲しいと思ったら、自分の目的にぴったり合うものを求めて、市場を調査する。他製品と比較し、店頭に行って店員と話したり、いざモノが届いたら箱を開けて、コンセントに繫いで、最初の画面を拝むわけじゃないですか。モノを購入するということは、こうした一連のすべての体験を所有するということなんです。 

これってつまり、カスタマーエクスペリエンスやカスタマーシナリオということなんです。自らそれを体験していて、その体験を言語化できていれば、その体験を他人と共有することもできる。初めてパソコンを買おうと思っている人のニーズを聞き出して、「だったらこれがいいよ」とアドバイスすることもできるようになります。 

僕はけっしてエンジニアリングにセンスがあるほうだとは思わないんですが、時間とお金を使って何かを体験し、それを言語化して伝える力はあるほうだと思います。まさに自分の体験を、他の人と共有可能な状態にできる能力。今の仕事のベースになっているものです。

日本の家電産業はなぜ衰退したのか

いろいろなデジタルガジェットを買い漁ることで、僕は1990年代のテクノロジーの変化の怒濤の波を自ら体感してきました。その体験を通して、日本の家電産業がなぜダメになったのか、その原因も見えるような気がしました。 

例えばテレビのリモコンにはいっぱいボタンが付いていますが、その中には自分が一生押すことはないだろうな、っていうボタンもあるじゃないですか。ところが、「AppleTV」やAmazonの「Fire TV Stick」には、最低限のボタンしか付いていません。ソフトウェアでいろんなことができるようになっているのです。 

僕はボタンだらけのリモコンをデザインしてしまうアプローチを「かもしれない思考」と呼んでいます。「ユーザーがもしかしたら使うかもしれない機能」を、日本の家電製品はハードウェアに全部実装してしまうのです。ハードウェアにインプリしちゃうと、みんな使っていないということがわかっても、削ることが難しい。 

これがソフトウェア実装なら、切り捨てることも、追加することもいくらでも自由にできます。製品を出荷した後になっても、いくらでも変更することができる。その発想の違いなんです。

澤円氏

日本の企業は、家電産業の過去の成功体験に縛られるあまり、ソフトウェアやネットの時代になっても、その変化にすぐ追随することができなかった。「お客さまが求めるあらゆるニーズに対応する」という姿勢は、時に過剰対応になってしまう。 

なぜなら、そもそも顧客自身も自分のニーズをきちんと把握しきれていないんです。「便利になるといいな」くらいの漠然とした期待はあっても、何が便利までははっきり考えていない。開発者が自らユーザーとなって体験すればわかることですが、それをなかなかしてこなかったんですね。 

ガジェットを使い倒しながら、テクノロジーのトレンドに絶えず触れてきたことが、キャリアチェンジのきっかけにもなりました。1997年だったと思いますが、Interop Tokyoを見に行ったときに、人材エージェントの人から声をかけられるんです。 

「Oracle、PwC、Microsoftなど外資系のIT企業がいま日本で事業を拡大しています。あなたの転職のチャンスです」って。話を聞いてみたら、なかなか面白そうだ。最初はOracleから転職活動を始めようと思ったんですが、一旦そのブースを離れ、考え直して気が変わりました。今僕がいる会社からまずはアタックしてみようって。そこに格別の理由があるわけじゃないんです。一種のひらめき。僕ならではの本能的な決断なんですけどね。

#02 ビジネスは「ギブ・ファースト」「アウトプット・ファースト」で──澤円のこだわり仕事術 インタビュー