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84歳、現役最高齢プログラマの若宮正子さん──IT大国エストニアを訪れる

58歳でパソコンに触れ、82歳でiPhoneアプリを開発。Appleのティム・クックCEOから「世界最高齢プログラマ」として賞賛された若宮正子さん。今も国内外を飛び回り、高齢者のデジタル社会参加をテーマに精力的に活動を続けている。インタビューは、2019年の夏にエストニア共和国で触れた電子政府の話からスタート。若宮さんの飽くことなき好奇心と行動力の泉、そこからあふれ出るさまざまな気づきに引き込まれた。

若宮 正子さん

Profile

若宮 正子さん

1935年生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)で定年まで勤める。退職後にパソコン通信を始め、知己を増やす。Microsoft Excelの罫線機能とセルの塗りつぶし機能を用いて作成する「エクセルアート」を考案し、マイクロソフトから「エクセルの新しい使い方」という評価を受けた。2014年に「TEDxTokyo」に登壇。高齢者向けアプリ「hinadan」開発をきっかけに、2017年のApple WWDCに招かれ、ティム・クックCEOから「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介された。2018年の国連社会開発委員で高齢化社会とデジタル技術の活用をテーマに基調講演。の安倍首相主宰「人生100年時代構想会議」に最年長メンバーとして参加。電子掲示板「メロウ倶楽部」副会長、NPOブロードバンドスクール協会理事などを務める。(2020年1月22日現在)

電子政府をどう運用しているのか。興味が湧いたからエストニアへ

今年(2019年)6月、エストニアに行ってきました。エストニアは行政サービスの99%がオンラインで完結する電子政府の先進国として知られています。あれだけ完成度の高い電子政府を作る以上は国民の合意があったからできたのでしょう。

他の国では、電子政府を進めるにしても高齢者がそっぽを向いてしまうのでできないと言われてしまう。それで、実際はどうなのか。それを知りたくて勉強に行ってきました。その直前に東京で開かれた「G20財務相・中央銀行総裁会議」関連のシンポジウム「高齢化と金融包摂」で、基調講演をしたんです。

庶民が株式に投資するにしても、昔は証券会社の窓口に行ったり、営業が訪問してくれたのですが、今はよほどの大口取引先でないと自宅にまで来てくれません。ほとんどの人はネットで購入しますよね。ネットに弱い高齢者は結局、投資に参加できなくなってしまいます。

金融サービスも含めて、IT 化が進むにつれて、さまざまなサービスに高齢者が参加できなくなるというのは困ります。そのあたりをエストニアという国はどうやって解決していったのか、そこに興味が湧いてきました。

若宮 正子さん


エストニアでは「VIVISTOP」でのイベントに参加しました。VIVISTOPというのは、シリアルアントレプレナーの孫泰蔵さんが運営されている、地域の子供たちや住民のためのクリエイティブスペースで、そのブランチの一つがエストニアにもあります。

そこで、最初の2日間は現地の皆さんとお友達になれるように、「エクセルアート」のワークショップをやりました。意外にも、私ってエストニアでも有名人らしくて(笑)。30人の会場にとても人が入りきらない。追加でトークショーのイベントも開いていただきました。

トークショーの参加者に「こういう目的でエストニアに来ました」と、話をしたら、「あなたそれで政府のショールームに行ったの?」って聞かれて。「まだ行ってない」「いつ帰るの?」「あさって帰ります」「それは大変だ!今すぐ行かなきゃ」ってやりとりしたら、すぐに電話をしていただいて。トークショーが終わると車で連れて行ってくださいました。

マイナンバーが生活の至るところで便利に使われる社会

エストニア政府のショールームで説明役の方から伺ったところでは、利用者が使いたくなるようなメニューを揃えているということ。使いたくなるというのは、使う人がより便利になって、得をするということですね。それから、ユーザビリティにもとことんこだわっている。誰でも簡単に操作ができるんです。

それから電子行政にアクセスする画面の中で、中央政府や地方政府、さらに民間のサービスが分け隔てなく、操作方法と操作手順が統一されて並んでいるところも感心しました。

若宮 正子さん


エストニアでは「eヘルス」と呼ばれているのですが、電子カルテが子供の頃から時系列で蓄積されていて、いろいろな検査のチェックリストが全てデータ化されています。首都圏に住んでいた人が地方の病院を受診する時も、医者と患者が合意すればいつでもそのデータを引き出すことができる。

万一、車にひかれて意識不明になって救急車に運ばれた時にも、事前に本人が同意していれば、血液型のデータなどを引き出せるようになっています。

公共サービスにおける個人データのセキュリティ対策が、いま日本でも議論されていますね。確定申告の時にマイナンバーを教えて、誰か不審な人にマイナンバーを知られたらどうするんだと。

エストニアの電子政府は、もともと強固な安全性を確保するためにX-roadという分散されたデータベースを安全性を確保しながら連携させるという基盤の上に構築されているのです。なお、そのうえに誰がいつ自分の番号にアクセスしたかがわかる、データトラッカーの仕組みが整備されていました。

そのようにセキュリティを担保しながら、マイナンバーが生活の至るところで便利に使われています。例えば、アパートを借りる時もマイナンバーで本人確認ができるし、面白いのは卒業証書にもマイナンバーがついている。だから経歴詐欺ができない(笑)。

とにかくすごく面白いんです。日本だとまだマイナンバーは税金を取られる時だけ使われるものというイメージがあって、その利便性が十分に理解されていないと思います。

情報こそが国家。バーチャル国民の存在が安全保障対策に

エストニアで驚いたことのもう一つは、「eレジデンシー」といって、外国人であってもエストニアのバーチャル国民になれるシステムがあることです。簡単に言えば、日本に住んでいる日本人の私にも、エストニアのマイナンバーカードを取得することができるんです。

実際、私も作ってみたんですが、パスポートとクレジットカードで、わずか15分で申請手続きが完了しました。(笑)。ただ、受領時の本人確認はすごく厳しいですよ。

この「eレジデンシー」さえあれば、私がエストニアに会社を作れます。ただ、そこで利益が出たらエストニアに法人税を納めなくてはならないです。でも、エストニアは、EUの加盟国ですからエストニアに会社を持つことは「EU圏内」に会社を持つことになります。その意義は大きいですよね。

なぜそこまでやるのかというと、エストニアというのは小さな国で、しかも背後にロシアという強国が陸続きで存在している。その潜在的脅威を常に意識しているからです。国の予算を全部軍備に使ったって、絶対ロシアになんか勝てっこない。そんなの無駄だと。

そうであればソフトパワーで対抗するしかない。「土地ではなく、情報こそが国家だ」という考え方がエストニアにはあるようです。バーチャル国民を増やして、世界にエストニアのシンパを広げようという戦略があるんです。

若宮 正子さん


万一、不当に外国から侵略された時に、世界のバーチャルなエストニア国民が立ちあがって、「私はここに会社を持っている。私の会社の権利環境はどうなるんだ」と、訴訟を起こすことだってできる。それが一種の安全保障になるのではないかという考え方があるのですね。

そのデータが誰かにさらわれちゃったら大変ですけど、これについても、2018年にデータ大使館構想」をついに実行に移したのですね。2017年6月にエストニアのユリ・ラタス首相とルクセンブルグのグザヴィエ・ベッテル首相の間で交わされた合意に基づき、世界初の「データ大使館」(Data Embassy)が、ルクセンブルグ東部の都市ベッツドルフに開設されることになったのです。

国を守るということは、単に軍備を強化するだけではなくて、市民のデータを国が守るということでもあるのです。データというものに対する執着を、日本にいたら全然考えられないレベルで彼らは考えていて、それだけでもすごく勉強になりました。

これもエストニア政府がいつも考えている、一つのソフトな安全保障の試みなのでしょう。世界何十カ国の大使館にデータを分散しておけば、どこかは生き残って、データを保全することができます。

国を守るということは、単に軍備を強化するだけではなくて、市民のデータを国が守るということでもあるのです。データというものに対する執着を、日本にいたら全然考えられないレベルで彼らは考えていて、それだけでもすごく勉強になりました。

齋藤・アレックス・剛太さんと、私とで実施したエストニアのWebアンケートのなかで、「電子政府を使ってますか」という質問に対して、60歳以上の方々の84%がアンケートに「イエス」と回答しておられたのです。

さらに「これを使うことで「幸せ度」が増したり、暮らしの役に立ったりしていますか」と聞いたら、93%が役に立ってるのだそう。これもすごいことです。

ちなみに、日本では高齢者って65歳以上を指すことが多いと思いますが、エストニアは平均寿命が短いので、60歳以上が高齢者です。

フィンランドよりは南にあるけど、実はフィンランドよりも寒くて、冬は零下30度にもなる。零下30度の時に高齢者が手続きのために役所や銀行に行くのはちょっと命がけになります。だから、選挙も含めてできるだけネットを活用したほうがいい。そんな事情もエストニアで電子政府が進む背景にはあると思いました。